寿ロータリーは、兵庫県豊岡市にあるロータリー交差点です。
ここは、1921年(大正10年)に当時の豊岡町が、近代的な都市へと生まれ変わるために掲げた「大豊岡構想」によって整備されたもので、円山川に架かる堀川橋と豊岡駅とを結ぶ幹線道路の中間点にあたります。このロータリーの中央部にあるのが、寿公園です。
...と書きましたが、豊岡市の都市公園一覧には掲載されておらず、しかし豊岡市発行の色々な資料や地図には「寿公園」が記載されているものが多いので、どういう位置づけなのか迷ってしまいます。市有の公共施設であることは、おそらく間違いないと思うのですが。
その中心に豊岡市の上水道建設に多大な貢献をした中江種造の銅像が建っています。No.4303 神武山公園で登場した、大正時代に当時の豊岡町の水道新設事業費を、全額丸ごと寄付してくれた実業家です。
幕末に豊岡藩士の家に生まれ、京都で理化学や測量術などを学び、明治政府下の生野銀山で勤務した実績を買われて、古河市兵衛に招かれて足尾銅山などの経営にあたった後は、独立して各地の鉱山や山林経営で財を成した人物です。成功してからは郷里・但馬での産業や人材育成にも力を入れ、育英基金を創設したりします。
そうした諸々の功績を称えて、ここに銅像が建設されたのは1925年(大正14年)3月のことだと、豊岡市発行『創設100年記念とよおかの水道 』に書かれていました。
ということは、豊岡市街地に壊滅的な被害を与え、No.4301で登場した豊岡市役所旧庁舎の建設の契機にもなった北但大震災の2ヵ月前ですので、ゆっくりとお祝いをしている暇もなく、大変だったことだろうと思います。
「そこらへんの詳しい話が、銅像の隣の記念碑に刻まれているのか」と思ったら、これは区画整理の記念碑でした。
公園内のアイテムとしては、マツや景石など日本庭園的な要素が多く取り入れられています。
が、やはり銅像の存在感が大きく、「銅像前広場」の雰囲気が強く出ているのはやむを得ないところ。
いちおうベンチとして使える石も置かれていますが、昔に比べれば車通りも増えていますので、この場所に座っても落ち着けるものではないと思います。
どちらかと言えば、道路を挟んだ周りの歩道から、眺める対象になっている寿公園でした。
(2026年5月訪問)










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