2018年11月18日

1958/1000 権現山公園(東京都品川区)東京都,品川区,身近な公園

江戸時代、品川にあった御殿山は、海を望む景勝地、桜の名所として知られていました。しかし幕末には、品川台場の造成のための土取りで地形が改変され、さらに明治に入ってからは鉄道敷設のために鞍部が切り通され、南方向に伸びていた尾根が切り離されてしまいます。
ちなみに歌川広重らにより1855年(安政2年)に発刊された『五十三次名所図会』には、すでに御殿山が切り崩され、沖には品川台場が築かれている様子が描かれています。

2018年11月17日

1957/1000 岡東中央公園(大阪府枚方市)

江戸時代、淀川筋の宿場町であった枚方の旧市街地は、今も低い土地が多いところです。
そんな旧市街地に、南の方から伸びてきた丘陵が半島のように突き出しており、意賀美神社、一乗寺などの社寺があるのですが、どうもこれが「岡」と呼ばれていたようで、岡の東側の地名が岡東。そこにあるのが岡東中央公園です。

2018年11月16日

1956/1000 佐太第1東公園(大阪府守口市)

守口市北部の佐太地区にある佐太第1東公園。所在地は佐太東町なので「佐太東第1公園」の方が腑に落ちるのですが、微妙に違っています。
周りを大きなパチンコ店、倉庫、自動車教習所などに囲まれた不思議な立地で、農業用水路に蓋をしたと思しき細道を通って公園へと向かいます。

2018年11月15日

1955/1000 大日東つつじ公園(大阪府守口市)

守口市の大日東町にある大日東つつじ公園。
園名板は、ちょっとほかでは見たことがないほどの派手な支柱に、園名板自体はシックな色合いと、なんだかオシャレ上級者みたいな装いです。

2018年11月14日

1954/1000 東奈良史跡公園(大阪府茨木市)

奈良・春日大社を勧請した春日神社があることから「奈良」と呼ばれるようになったという茨木市の奈良。現在は奈良町、春日町、東奈良などの町名があります。
このうちの東奈良から、弥生時代の銅鐸製造工房、製造集団の集落だったと考えられる遺跡が見つかっており、この東奈良遺跡の一部を公園にしたのが東奈良史跡公園です。

2018年11月13日

1953/1000 甲南町小公園(神戸市東灘区)

「甲南(こうなん)」は六甲山の南山麓部を指す呼び名ですが、とくに「旧・○○郡、△△村の範囲」というものでもなく、なんとなく灘区~東灘区あたりを指します。
ですので、どこが甲南の中心ということもないのですが、そういった中で敢えて甲南を独り占めしているのが甲南町。その2丁目にあるのが甲南町小公園です。

2018年11月12日

1952/1000 佃中公園の近くの遊び場(大阪市西淀川区)

No.1951 佃中公園の近くで見かけた遊び場。
園名板もなにもないので、都市公園ではなく、道路用地、防災用地などを使った仮設扱いの遊び場ではないかと思います。

2018年11月11日

1951/1000 佃中公園(大阪市西淀川区)

神崎川の河口付近にあたる「佃(つくだ)」は、神崎川と左門殿川とに挟まれた島状の土地です。有名な話ですが、このあたりに住んでいた漁民が江戸幕府から隅田川河口の島を拝領して移り住み、出身地にちなんでそこを「佃島」と名付けたということなので、こちらが元祖・佃ということになります。
でも土地の名は「佃」ですので、どちらかと言えば漁業よりも農業のイメージが強いのが面白いところです。

2018年11月10日

1950/1000 千舟公園(大阪市西淀川区)

大阪市西淀川区の千舟は、町名の千舟は神崎川の左岸(東側)にあるのですが、千舟駅は右岸(西側)の佃にあって、こうなった理由になにか歴史的な経緯がありそうなのですが、詳しいことは知りません。
そして、町名、駅名は「ちぶね」ですが、公園名は「ちふね」と濁らない千舟公園は、左岸側の千舟地区にあります。