2019年2月19日

2039/1000 津の守坂児童遊園(東京都新宿区)

靖国通りから南へと上がっていく津の守坂。現地の案内板によれば「昔、坂上の西脇に松平摂津の守の屋敷があったのでその名を略して津の守坂と称した」とあります。

その坂下の西脇にあるのが津の守坂児童遊園。
300平米にも満たない狭小な公園ですが、そんな公園でもちゃんと多目的トイレがあるのが新宿区のすごいところです。

2019年2月18日

2038/1000 仲之公園(東京都新宿区)

仲之(なかの)公園は、新宿区の市谷仲之町(いちがやなかのちょう)にある小公園です。

しかし、例えば安倍町に安倍公園、枝野町に枝の公園なら「ふむふむ、町名の『町』部分を省略したのね」とわかるのですが、「仲之町」にある公園が「仲之公園」では、なにか大事なものを忘れているような気がしてなりません。

2019年2月17日

2037/1000 加賀公園(東京都新宿区)

以前に板橋区加賀町にあるNo.1761加賀公園を訪ねましたが、本日は新宿区の市谷加賀町にある加賀公園。
防衛省の裏手の、落ち着いた住宅と大日本印刷の関連施設が交じる地区にあります。

2019年2月16日

2036/1000 山伏公園(東京都新宿区)

ずいぶん前に台東区にあるNo.358 山伏公園を訪ねましたが、その時に「1723年に牛込山伏町(現・新宿区)で火事があり、そこに住んでいた城詰の武士たちがこちらに移されたため、牛込山伏町代地下谷山伏町となり、だんだん短くなって山伏町となった」という話を書きました。

そしてこの度ついに、本家にあたる牛込の山伏公園を訪ねる機会を得ました。

2019年2月15日

2035/1000 牛込弁天公園(東京都新宿区)

江戸時代には弁天様を祀るお堂があったという牛込弁天町、現在の新宿区弁天町にあるのが牛込弁天公園です。地形的には西向きの谷の上部が寺町になっており、その一角が公園となったような場所にあたります。
ですので、唯一である外苑東通りからの出入口はこんな感じで、園内の様子がわからず、いささか立ち入りを躊躇してしまいます。

2019年2月14日

2034/1000 あかぎ児童遊園(東京都新宿区)

新宿区北東部にあたる牛込エリア。牛込の丘の上に鎮座するのが赤城神社で、神社から坂を下ったところが赤城下町。
その赤城下町から神楽坂方面への高低差がある地形を結んでいるのが、あかぎ児童遊園です。

...ただし、実際に結んでいるのは、2頭のゾウの鼻なのです。

2019年2月13日

2033/1000 梅元町公園(神戸市兵庫区)

明治の終わり頃まで梅の名所として知られたという梅元町。
大正の初めに神戸市電の平野線が開業してからは宅地化が進み、現在は山麓から谷筋にかけて細い坂道ばかりの住宅地となっています。

2019年2月12日

2032/1000 五宮町公園(神戸市兵庫区)

神戸の中心部に鎮座する生田神社には、一宮から八宮まで八つの末社があり、そのうちの五宮があるのが五宮町。幕末には、勝海舟が居を構えたこともありました。
下の写真は五宮神社。

2019年2月11日

2031/1000 大蔵前公園(兵庫県姫路市)

姫路市の塩町・魚町と言えば市内随一、言いかえれば播磨地域随一の飲み屋街なのですが、江戸時代には掘割に沿って蔵が並ぶビジネスセンターでした。
播磨地名研究会編著『新・姫路の町名』(2007,神戸新聞総合出版センター)によれば、塩町は「慶長の町割り(1608)で成立。町名の由来は、西に船場川が流れ塩蔵、米蔵が多く立ち並び、東の元塩町に対して西塩町、大蔵前町と名づけた」とあります。

そんな船場川のそばにある大蔵前公園。公園への出入り専用の橋も架かっています。

2019年2月10日

2030/100 城南公園(兵庫県姫路市)

姫路市の魚町(うおまち)は播磨地域でも一番の繁華街・歓楽街です。
現地の案内板によれば、「江戸時代はじめは魚屋が立ち並ぶ町だったものが、江戸時代中期以降は花街へと姿を変え、明治に入って姫路城内に陸軍が駐屯するようになると界隈はますます賑やかになった」とのことですが空襲で壊滅、戦後になって復興土地区画整理事業が実施されて、現在のような街なみになりました。