日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2016年12月28日

1368/1000 生祥公園(京都市中京区)

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以前にNo.892 竹間公園でも触れましたが、京都市の中心部では明治初めに上京・下京ごとに一番から順に設けられた自治単位である「番組(町組)」の区割りが、今も行政上の地区単位として残っています。
1869年(明治2年)には、番組ごとに小学校が創設され(これを番組小学校と呼びます)、それぞれに論語や漢詩などから取られた立派な名前が付けられますが、やがて地区単位そのものが通し番号ではなく学校名で呼ばれるようになったため、町名とも通り名とも異なる「学区名(=学校名)」が地区単位の名称として使われるようになります。
第2次町組改正後の町絵図
京都市HP「町組改正と小学校」より引用して表示

そして、小学校の隣には同名の公園が置かれることが多かったのですが、周辺の町名や通り名とは関連がない上に、肝心の小学校が廃校になっていることが多いため、知らない人はなかなか辿り着けないのが京都市街地の公園の難しいところです。

さて、ここ生祥公園も元・生祥小学校の北隣、多くの観光客で賑わう寺町通から西へすぐ、京都風に言えば六角通麩屋町の角にあります。
敷地としては上の写真に写っているのがほぼ全て。資料によれば1,290平米ですので、それほど広いわけではありません。

しかし周りには江戸時代から続く旅館、町家建物のカフェやショップ、外国人にも人気のゲストハウスなどが立ち並び、京都でも相当繁華な地区ですので、この公園だけがスポッと長閑な空気を持つ空間になっています。

公園施設は滑り台、ブランコ、シーソー、砂場などの遊具と、トイレ、ベンチなど。
遊具類は古いものばかりですが、状態は美しく保たれています。

忘れてならないのがトイレ。コンビニで気軽にトイレを貸してもらえなかった頃には、繁華街の近くにある公園には公衆トイレが必須でした。
今でもトイレはよく使われているようで、タクシー運転手や配達の人たちがひっきりなしに訪れていました。そんなトイレを少しでも美しくしようと、花や植木を飾ってくれる優しい人が近所に住んでいるようです。

あと、脚部が完全に地下に沈み込んでしまった石造ベンチが、公園の長い歴史を物語っています。
これは、以前に同じ京都市内のNo.894 正面公園でも見たパターンです。

実際は修学旅行生がたくさん集まっていて、それが写り込まないようにタイミングを見計らうのが大変だった生祥公園でした。

(2016年6月訪問)

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