2018年6月26日

1826/1000 次大夫堀公園(東京都世田谷区)

「次太夫堀」は、下流では六郷用水とも呼ばれ、徳川家康の時代に小泉次大夫が指揮を取って開削した水路です。
その次太夫堀から名をとった次太夫堀公園は、かつての世田谷の様子を伝える村の風景を再現した公園です。


■現地の案内板より「公園のあらまし」
次大夫堀公園の名の由来ともなっている「次太夫堀」とは、稲毛・川崎領(現神奈川県川崎市)の代官であった小泉次大夫の指揮により、慶長2年(1597)から15年の歳月をかけて開発された農業用水です。正式には六郷用水といい、多摩川の水を取り入れ、世田谷領(現狛江市の一部・世田谷区・大田区の一部)、六郷領(現大田区)を流れるものでした(全長23.2km)
世田谷領内を流れる六郷用水は、江戸時代、沿岸の14ヶ村の水田で利用され、土地の人からは次太夫堀と呼ばれていました。以後も昭和に至るまで350余年の間、周辺住民の農業・生活用水として欠かせない存在だったのです。
現在、区内の六郷用水(次太夫堀)は、丸子川として一部分のみ残っています。この公園ではかつての流路600mを復元しました。

浮き彫りがあまり浮いていないため近づいて目を凝らさないとよく見えませんが、園内には「小泉次大夫巡検図」の石碑もあります。

案内図を見ると、公園の北を流れる野川から細い流れが入ってきて、また野川へと流れ出ていく様子が描かれています。農業用水としては流路が不自然なようにも思いますが、これが案内板にあった「復元された流路」のようです。

もっとも訪れたのが真冬だったためか水路には水がなく、田んぼには落葉が積もっていました。

さて、堀の話から入りましたが、この公園の特徴は民家園を持つことです。
民家園には妙手の屋敷、茅葺きの民家、建物の門などが移築復元され、先ほどの水田や堀とあわせて、江戸時代後期から明治時代初期の農村風景が再現されています。

例えば、こちらは幕末に建てられたとされる旧安藤家住宅(世田谷区指定有形文化財)。

同じ敷地内には、旧秋山家住宅土蔵。
屋根の形は、横浜市鶴見区のNo.1349 みその公園で見かけた「置屋根両妻かぶと造」と同じタイプの屋根のように思うのですが、詳しいことはよく知りません。

また、世田谷区のサイトに掲載されている写真と見比べると、茅葺き部分の造りが大きく異なっているのですが、その理由など詳しいことはよく知りません。どこかの段階で、屋根の構造についての調査研究が大きく進み、その結果が反映されたのでしょうか。
世田谷区HP
「世田谷区立次太夫堀公園民家園の文化財」より

この民家園では、こうした建物を保存することはもちろんですが、それを活かすために、多様なボランティア団体による活動が行われており、私が訪れた平日でも、建物の囲炉裏には火が焚かれ、鍛冶屋が農具を打ったり、大工が屋根を直したりする様子が見られました。

まずは鍛冶屋。

作業中の方から「どんどん写真撮って、SNSに上げてくださいね~」と言われたので、顔が写っていそうな写真でも掲載しちゃいます。
もっとも、皆さん黙々と作業に打ち込んでいるため、下向き加減ですが。

次は左官による漆喰壁塗り体験の現場。
訪れた日はボランティアの方は不在で、壁も工程途中で、まだ土壁を塗り終わったところのようです。

次は木挽き。こちらもボランティアの方は不在で、広葉樹材(おそらく)だけが展示されていました。
けっこう立派な木材なのですが、どこから持ってきたものでしょうか。野川の対岸にあるNo.1825 成城三丁目緑地産の木材だと、地域内での循環として面白いのですが。

と言うのも、園内には「鍛冶」だの「綿」だのと書かれた札の立っている畑があって、どうも体験メニューで使う原材料も、できるだけ園内で育てることにしているようなのです。
木材にもそういう思考が入っているのではないのかなぁと思った次第です。

貼り紙によれば、ここでは、実際にノコで木を挽く体験ができるようです。係の方がいないので木材だけが置かれているわけですが、おそらく民家園の主旨から言って、古い時代のノコを使って挽くのだろうと思われます。
私も木挽きというと製材所で電気ノコを使って挽くところしか見たことがないので、ちょっとやってみたかった。

屋根の茅葺きは、2人の方が作業に取り掛かったところ。見えるのは骨組みだけの状態でした。
実際の屋根というわけでもなく、公園利用者向けの体験用屋根だと思われるのですが、遠耳に2人の会話を聞いていると「職人とその弟子」のようで、けっこう厳しい指導がされていました。

こちらは茅葺きの技を使ったという肥溜めの屋根。

ハンノキに横竿を渡して、稲わら干しもありました。

そのほかにも民家建物の中では、竈などの民具、養蚕のための道具などの常設展示のほか、雛人形などの季節の展示も行なわれていました。

このように魅力的な体験が色々できて、それでいて入園無料の次大夫堀公園(民家園)の実現には、地域の方々の力が大きかったそうです。
■記念碑
この公園は、人々の暮らしと武蔵野の自然が一体となって織りなす美しい世田谷の風景をいつまでも後世に伝えたいと願い、郷土史家田中隆之氏をはじめ喜多見地区の多くの人々の協力により実現したものである。

次太夫堀公園の開園を記念して 昭和63年11月16日

近くにあれば確実に通ってしう次太夫堀公園でした。

世田谷区による公園紹介ページ

(2018年2月訪問)


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