日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2016年10月28日

1308/1000 あさやら公園(沖縄県浦添市)

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さて、公園名を見て、まず「『あさやら』とは何か?」と考えてしまうのが、あさやら公園です。
よくはわからないのですが、園内にあったおもろの歌碑から、現在は「浅野浦」と呼ばれているこの地の古名ではないかと考えました。

●歌碑
 ゑぞゑぞの いしぐすく あまみきよが たくだるぐすく
 ゑぞゑぞの かなぐすく

●解説
このおもろは、
 伊祖の堅固で立派なぐすくよ あまみきよが造ったぐすく
 みごとな伊祖ぐすくだ
という内容です。
「いしぐすく」「かなぐすく」は共にぐすくの美称で、「あまみきよ」は琉球神話の始祖神。伊祖ぐすくを悠久の昔からのものとして讃えているのです。
「おもろ」とは、神への言葉・古謡で村や間切・王府の祭りの時に謡われていました。英祖王の誕生した伊祖ぐすくや、浦添の土地や人物を讃えたおもろが多くあります。

●おもろの碑建立について
浅野浦地域は、原野や田畑が区画整理されて出来た新興住宅地で、昭和51年12月に自治会が結成されました。「この地に何か一つ文化財的なものを欲しい」という思いが高まり、辿り着いたのが「おもろの碑」の建立でした。
浅野浦の土地は元来殆どが伊祖の小字、伊祖ぐすくを讃える素晴らしいおもろがある、これは浅野浦も由緒ある土地だと誉めていること、建てるのに最適の場所があさやら公園内にある-等々条件は揃っています。
この「おもろの碑」が浅野浦地域住民の、地域への愛着と絆、誇り、心のよりどころ、子どもたちのふるさとのシンボルとなるように、また、地域外の人にも浅野浦を知っていただく一つのよすがとし、更には市内外にもこの様な事が広がっていく事を願う。という趣旨・目的は、自治会員はもとより多くの方々の賛同を呼び、激励と期待、協力・支援となって大きな力となりました。
風薫る頃、新公民館落成と同時期に建立の日を迎えることが出来ましたのは、伊祖自治会・浦添市教育委員会・浦添市の建立快諾とご助言の賜と、心から感謝と御礼を申し上げます。
この「おもろの碑」建立が、浅野浦の更なる発展の好機となり、文化の風が吹き渡ってゆけば、この上ない喜びに存じます。

平成23年5月吉日 建立 浅野浦自治会 ●●(発起人)
※転記注釈 ●●は個人名にて省略 


公園内は大雑把に東西2つにわけることができ、上の石碑がある東側は庭園風、東屋やトイレがある中央通路を挟んで西側は多目的広場になっています。
庭園風のブロックは全体的に傾斜しており、樹木植栽が多めなので、どちらかと言えば散策向けになっています。
訪れた日は草刈・清掃などの管理作業を実施中で、作業員さんがたくさんいたので写真は控えめです。

一方、多目的広場は浅野浦公民館(コンクリート打ちっ放しの建物)に隣接しており、祭りなどにも使いやすい立地・構造になっています。

広場の一角だけ舗装されて3on3のバスケットコートになっています。

また、子供向けの遊具は砦風のすべり台だけです。
遊ぶ子供が少ないのか、あるいは大きな樹の下に設置したのが失敗だったのか、滑り部に枯れ葉が溜まって薄汚くなっていました。

あと、疑問に思ったのは、遊具の足元あたりから外周にそって続いている溝です。水が流れるにしては中途半端な傾斜、かつ縁石の処理も隙間が多くて、どうにも目的がわかりません。
まぁ、なんでも目的を明確にして機能的にまとめるばかりが能ではないのですが。

おまけ。
さいきん注目しているコンクリート製擬木製品ですが、この公園では擬木の公園灯が採用されていました。
灯具を吊り下げるために幹先が曲がっているというのが不自然なので、分かれた枝に吊り下げる格好の方が良かったように思います。

(2016年1月訪問)

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