日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2016年7月30日

1230/1000 沢田東児童公園(東京都大田区)

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澤田東児童公園は、京急・平和島駅から西へ徒歩5分少々のところにある小公園です。
環七通りにもほど近いのですが、周りは住宅などに囲まれて意外に静かな感じです。

そうした静かな環境だからでしょうか、園内には妙にカッコいい書体で「野球禁止」が掲げられていました。

敷地の一方向だけが道路に面し、残る三方は住宅などに囲まれています。こうした構造の公園は周囲の家々との関係で、禁止事項が多くなりがちです。

それでも中心部に広場を取り、外周部に遊具、健康器具を集めて、少しでも色々な使い方ができるようにしています。

子供向けの遊具は、滑り台くらいしか無いのですが、その分、成人向けの健康器具が充実していました。

健康器具は踏み台昇降、平行棒など。
子供向けの遊具が古くなった時に、こちらに切り替えられたのではないかと思います。

そして公園の一角には、地名のいわれなどを示した石碑がありました。
トイレの横ですが鎖柵で守られており、大事なのかどうなのかわからない扱いを受けています。

石碑には、この付近が50年ちょっと前までは海苔の産地だったと書かれており、隔世の感があります。

●石碑より「沢田東児童公園 大森村沢田について」
旧大森村の北西部に位置するこの地域は沢田と呼ばれていた。がんらい地名は、自然発生的に名付けられたものが多く、その由来はほとんどが不明で、意味も推定の域を出ない。この沢田も低湿な水田であったからであろうか。
沢田の地名が記された最も古いものとして、元禄10年(1697)の大森村検地帳がある。また新編武蔵風土記稿に「沢田 谷戸宿の西南にあたる」と記載されている。
大森村沢田は、古くから浅草海苔の産地であった。これはアマノリという海藻の一種で潮の干満と養分を運ぶ川があって、海水と淡水が適当に交じり合う所に生育する。大森の海岸は、この条件が揃い、しかも江戸に近く、東海道に沿っていて販売にも便利であったので、江戸時代中期頃から盛んに養殖されるようにな り、その品質・産額は一頭地をぬき、本場浅草海苔の伝統を誇った。
しかし残念ながらこの名産も、埋立地造成のため、昭和37年12月に漁業放棄が決まり、その姿を消した。
四町会地名保存委員会

いろいろな視点で時の移り変わりを感じる澤田東児童公園でした。

(2015年11月訪問)

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