弁天公園は、JR新潟駅から直線距離で300メートルほど離れた場所にある小公園です。
ここは、1904年(明治37年)に初代・新潟駅が開業した場所で、1958年(昭和33年)に駅が移転した後に、線路跡は道路や街区として再整備され、駅前広場だったところの一部が公園に変わりました。
下は園内から北東方向を眺めたところ。左側の白い建物の方に向けて線路が伸びていたようです。
公園ができてから60年以上経つ間に、新潟駅の周りがどんどん都市化し、今はビル街の間に、急に児童公園が現れるような場所になっています。
そろそろ、もう少し”都会の広場”として衣替えしても良い頃かも知れません。
その中にあって、公園が姿形を変えても残して欲しいと思うものが、こちらの公衆電話ボックス。
今どき珍しくなってきた電話ボックスですが、この場所だからこその意味があります。
こちらですね。「公衆電話発祥之地」だからこそ、現役の公衆電話は無くせないのです。
しかし、新潟駅があったから、その構内に設置されたのかも知れないけれど、本当にここが発祥の地なのか?
■碑文より
明治40年3月6日この地に新潟市ではじめて公衆電話が設置されました
公衆電話発祥75周年並びに財団法人日本公衆電話会創立10周年を記念しここにしるします
う~む、新潟市における発祥の地なのか。
「石碑を建てるには、ややスケールが...」と思った新潟市の弁天公園でした。
(2025年10月訪問)






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