石巻出身のマンガ家・たなか亜希夫が、東日本大震災後の故郷を舞台に描いた作品『リバーエンド・カフェ』の冒頭は、次のような一文から始まります。
“日高見(=北上)の大河が太平洋に入る前、川面が大きく渦を巻く場所がある。川底には大きな石が沈んでおり、それに河の流れが当たり渦を巻く。それから由来する地名-石巻”
たなか亜希夫『リバーエンド・カフェ』1巻(双葉社)より |
その「石が沈んでいて川が渦を巻く」場所というのが現存しており、川沿いの住吉公園から眺める事ができると聞いて訪ねてみました。
反対方向からの撮影になりますが、2018年(平成30)の様子をGoogle Street Viewで確認すると、川沿いギリギリに道路が通り、その内側に芝生が貼られたりトイレが置かれたりした公園の姿が見えます。お堂も地上部にありますね。
2018年のGoogle Street View |
この様子を改めて上の写真と見比べてみると、新しく築かれた堤防上の舗装されているところのうち、黒いアスファルト舗装が河川管理用通路、茶色い洗い出し舗装が公園区域(河川占用)ではないかと思われ、以前とは通路と公園の位置が逆転しているのではと考えるのですが、よくわかりません。
河川管理用通路と交差しているコンクリート舗装の参道は、もともと川に向かって建っていた神社の参道を、堤防上に再現したものだろうと思います。
お堂の横には、大小新旧織り交ぜた石碑が並びます。
石巻発祥の地なので、古い時期から色々と建てられていたでしょうし、津波からの復興事業で、もとの居場所にいられなくなったために公園に集められたものもあると思われます。
江戸時代から川港として栄えた付近なので、建て直された神社が水運の神様を祀る住吉神社であれば、公園名が住吉公園も納得なのですが、大島神社というそうです。
でも縁起を見ると、祭神は住吉三神(底筒男神、中筒男神、表筒男神)なので、住吉神社とも呼ばれていたのでしょう。
ちなみに社殿の横の小山に登れるようになっていますが、この部分だけは震災前の高さだと思われます。
さてここで「祭神が住吉さんなんだったら、大島ってなんだろう」となったわけですが、ちゃんと川の中に島がありました。けっして大きくはありませんが、これが大島なのでしょうか。
さっきの鳥居のところから川岸に下りて、橋を通って島まで渡れるので、渡ったところがこんな感じ。
平らな島の中央部に少しだけ盛土をして、サクラやマツが植えられています。
石碑などはあるのですが、具体的に、この島の名前が何かというのはわかりませんでした。
ちなみに、ちょうどこのあたりが旧北上川の渡し場で、曾良旅日記にも「帰りニ住吉ノ社参詣。袖ノ渡リ、鳥居ノ前也」とあるそうです。
そして、ここからが巻石の話に戻ります。
堤防上からは少し遠くて見えにくかったのですが、島まで来ると、目と鼻の先です。でも川の流れはとても穏やかで、渦を巻いているようなところはなさそうです。
それはそうで、そんなに流れが渦巻いているような場所に、渡し場はつくらないでしょう。
それに「川底に沈んで」もいません。
巻石と呼ばれていたのは古代の話で、江戸時代に重吉川村孫兵衛が河川整備をした影響で、川面に出てきてしまったのでしょうか。
それに形も、思っていたのと違うというか。すごく平べったい岩ですね。
古の書物には「高さ6尺、広さ南北3尺東西9尺」とあるそうですが、広さはそんなものですが、高さがかなり足りません。長年の間に削れたのか、沈んだのか。
■現地の解説板より「巻石」
巻石のことが最初に出てくる書物は、天和2(1682)年に刊行された大淀三千風著「松島眺望集」です。これには、「石巻川中に大きなる岩ゆえあり、このかげ浪巴をなせり。この故にこの名あり」と記されています。
元禄11(1698)年の「牡鹿郡方御改書上」には「川中烏帽子岩東西壱間半南北三尺八寸ただし石巻石と申し伝え候」と書かれており、享保4(1719)年の「奥羽観跡聞老志」には「烏帽子岩住吉神社畔華表前の湾に巨石あり、高さ6尺広さ南北3尺東西9尺、その象烏帽子に似たり」とあります。また、安永2(1773)年の「石巻村風土記御用書」には「当村瑞住吉町住吉大明神社地わきに、石巻石、石巻渕御座候に付き、その縁をもって村名に唱え申し候」と記してあります。
石巻の地名の由来についてはいろいろな説がありますが、江戸時代には、この「巻石」が起源であるとする説が一般的によく知られていたようです。烏帽子は住吉神社の正しい名である飯石大島神社の「いびし」がなまってできたものと考えられます。
現在、羽黒山の麓にある海石山寿福寺は、正保2(1645)年、住吉に仙台藩の米蔵が建設される前には、大島神社の境内にありました。「海石」という山号は烏帽子石に因んでつけられたものです。(令和5年3月 石巻市教育委員会)
物語を読んで思っていたのとは色々と違っていましたが、行ってみれば知ることも多い住吉公園でした。
(2023年11月訪問)
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