3517/1000 稲葉公園(神戸市須磨区)

2023/12/27

公園地蔵 阪神・淡路大震災比較 神戸市須磨区 身近な公園 兵庫県

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神戸市須磨区には、平安初期の歌人・在原行平が須磨に蟄居していたことに因む伝承が多く、行平が月見をしたという「月見山」もその一つです。その場所は、須磨寺と呼ばれる福祥寺の東にある山だとされており、1789年に発刊された「摂播記」では、当該地に月見松、行平松という名が記されています。

で、行平の歌で百人一首に収められているのが「立ち別れ いなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む」で、因幡守として任地に向かう時の送別の宴で詠んだものと言われています。

おそらく、そんなこんなわけで山陽・月見山駅から東へ300~400mほど離れたところに須磨区稲葉町があるのですが、稲葉公園はそのすぐ北の須磨区南町にあります。

導入部は大きく出ましたが、園内には滑り台、ブランコ、鉄棒、ジャングルジムなど一通りの遊具が、80m×30mくらいの整った長方形の中に並ぶ児童公園タイプの小公園です。

手元にある画像をチェックしてみると、1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災から1週間後の調査時のものがありました。公園の姿としては大きく変わってはいないという印象ですが、遊具はかなり入れ替わっています。

1995年1月撮影 (株)総合計画機構 所蔵

まず滑り台は新しいものに更新され、かつ砂場と交差しない位置に移されています。砂場と交差する配置は、最新の安全基準に適合しなかったものと思われます。

ジャングルジムも球体だったものが、一般的な立方体積み上げタイプに更新されています。

ブランコは、4連だったものが2連になっています。

変わってないのは、砂場とパーゴラくらいかも知れません。

公園の東端に稲葉公園安心コミュニティプラザ、略して稲葉プラザという地区集会所のような建物がありますが、2階建てになっていて、公園内集会所としてはかなり立派な建物です。

神戸市では、公園内に集会所が建っていることが少ないので珍しいと思ったわけですが、横手にあった石碑によれば、もともとは須磨公民館がこの場所にあり、移転した跡地が公園になったようなので、その名残で、コミュニティ活動のために少し立派な建物があるのでしょう。

■碑文より「須磨公民館跡」
須磨公民館は、昭和26年10月、当地(須磨区南町1丁目)に開館し、昭和41年12月、須磨区総合庁舎(須磨区中島町1丁目)内に移転、昭和56年8月、同地において閉館した。

これも震災の頃にすでにやや古びた建物だったものが、その後に建て替えられものと思われます。

1995年1月撮影 (株)総合計画機構 所蔵

コミュニティ活動のひとつの成果として、地域のむかし話が描かれた絵看板がありました。
松風村雨伝説、諏訪神社の狐、新池のお菊・ぶんべえのとびとび・射場の与太郎、西須磨の蛇穴という4つの昔話がありますが、とくに興味深いのは新池のお菊を始めとするタヌキのお話です。

しんけのおきく ぶんべえのとびとび いばのよたろうたぬき
ちよっとそこまでおつかいにと村人が弓場八幡さんの前を通りかかったときや
前を行くかわいい女の子に気を取られているうちにハッと気が付くと多井畑まで来てたんやて
「新池(しんけ)のお菊」、「ぶんべえのとびとび」、「射場の与太郎」という三匹のいたずらたぬきがおってみんなをだましたそうや
「新池」は今の離宮公園のしょうぶ池、「射場」はやぶさめの行われた弓場八幡あたりのことやで おもしろいな

三匹の狸のうち、ネーミングが一番不思議なのは「ぶんべえのとびとび」なのだから、その理由を教えて欲しかった。

さらに欲を言えば、園内に祀られているお地蔵様のむかし話も掲載して欲しかったところですが、とくに無かったのなら仕方がありません。

最後に欲が出てしまった稲葉公園でした。

(2023年9月訪問)

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