2581/1000 嘉手納公園(沖縄県嘉手納町)

2020/11/01

沖縄県 嘉手納町 身近な公園

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沖縄本島中部の町・嘉手納は、沖縄戦までは海陸の交通の要衝として栄えた町ですが、戦後は米軍の嘉手納基地によって町域の80%以上を接収されたため、現在の市街地は嘉手納ロータリー周辺の限られた区域に密集して形成されています。
そのため、どうしても公園等のオープンスペースが不足しがちになる中で、小学校や幼稚園のすぐ近くに設置されている、町でも重要な公園が嘉手納公園です。

ただ、時代の移り変わりとともに段々と使われなくなっているようで、私が訪ねた時は一面の草っぱらになっていました。

Street View で2010年の状況を確認すると遊具や園路、パーゴラ、カイヅカイブキの植栽などが確認できるのですが、それと比べて随分な変わりようです。

2010年撮影のGoogle Street View
©Google

「古くなった木製遊具を撤去して、広場だけにする」くらいの話はわかるのですが、この一面の草原を見ると、園路の舗装や、樹木植栽の枡(コンクリートの枠の中に土を盛った部分)もすべて撤去しているようです。そこまでやるのは珍しいですね。

膝丈くらいまで草が伸びているのですが、その向こうに何かの解説板が見えるので、頑張って行ってみます。

見えていたのは、貝塚の解説板でした。

■現地の解説板より「嘉手納貝塚」
比謝川中流域の南側沿いに続く琉球石灰岩丘陵上に形成された貝塚で、3500~2500年前の時代の遺跡である。貝塚からは土器、石器、貝製品などが出土しており、荻堂式土器(壺型)や蝶型骨器などの貴重な遺物も多数見つかっている。 

「嘉手納貝塚東遺跡」
嘉手納貝塚の東側約50mの場所に位置し、南側から北側へ傾斜した地に流れ込んだものと考えられ、地表下100~150cmの深さで遺物が確認されている。 1993~1994に行われた遺跡分布調査で発見された約700年前の遺跡で、沖縄新石器時代後期~グスク時代にかけての遺跡である。 出土遺物は、土器、須恵器、白磁、青磁、石器、貝製品などである。

解説板の隣だけ樹木が途切れているので、この先に貝塚があるのかも知れません。

それにしても、どうしてこうなったのか知りたくなる嘉手納公園でした。

(2020年9月訪問)

【2022年4月追記】
嘉手納町の資料を見ていたら、”嘉手納公園は、公園入口が奥まった場所にあり、敷地が窪地
になっているため見通しが悪いことなどから、再整備が求められております。令和4年度においては敷地造成、便所工事等を行い公園整備を進めてまいります”
との記述がありました。
ということは、将来の改修に向けて、先に施設を取り払っていたのですね。納得。

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