2127/1000 菅刈公園(東京都目黒区)

2019/05/27

庭園 東京都 目黒区

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No.2126 西郷山公園の西に連なる菅刈公園。
明治時代には西郷従道の別邸として一まとまりの敷地でしたが、その後の変遷の中で、今は2つの公園に分かれています。

西郷山公園が邸宅のうち山の部分、菅刈公園が建物や庭園のあった部分ですので、どちらかと言えば、こっちの方が中心です。
また、西郷山公園よりもこちらの方が平場が多く、いろいろな利用での使い勝手は良いと思います。
■現地の解説板より「菅刈公園のできるまで」
この公園は、西郷隆盛の弟で明治期の政治家・軍人であった西郷従道の邸宅と庭園があった場所です。
江戸時代、この付近一帯は旧岡藩(現大分県竹田市)藩主中川家の目黒抱屋敷(別邸)であり、滝や池のある庭園は江戸の名所であったと伝えられています。
従道は明治初年にこの地を取得後、洋館や書院を建造し、庭園も和洋折衷式に大改造を行いました。「東都一の名園」ともうたわれ、明治22年には明治天皇の行幸が行われています。
第二次大戦前に西郷家の敷地は旧国鉄等に売却され、庭園は埋められて、戦後は国鉄の職員住宅として使用されていました。
平成9年に行われた庭園調査で、近代庭園史上貴重な遺構が良好な状態で地中に保存されていることが判明しました。このため、区では公園を整備するにあたり、2つの滝や池の一部を日本庭園として復原し、かつて書院のあった場所に和館を新築しました。和館には、庭園を望むことのできる部屋やお茶会などのできる和室があり、この公園にかかわる資料などが展示されています。

件の名園は失われましたが、一部が復元されたというのが、こちらの日本庭園。
公園の本体部分とは塀で仕切られていますが、特別な入園料などは不要です。

かつて書院があった場所に建てられた和館から、ぼんやりとお庭を眺めることができます。

お庭の一角には、島津家ゆかりの三州(薩摩、大隅、日向)の縁故者で組織される三州倶楽部が寄贈したマユミの樹もありました。

お庭に近いところには、「明治天皇行幸所西郷邸」の石碑もありました。
昭和初期の史跡標柱のようにも見えますが、それにしては石の表面や書体がスッキリしているようにも見えて、意外に新しいもののようにも思いました。

庭園以外には、ちょっと変わった形の滑り台、ネット遊具など、個性的な遊具のある遊具広場、広い芝生広場などもあります。

子供たちが遊んでいたので、滑り台の写真は遠目で失礼。

芝生は、訪れたときは養生中のところが多かったのですが、全面開放されればけっこうな広さがあります。

さらに、庭園からも遊具広場からも少し離れると、生物の生息場保全の観点から原則立入禁止になっている森、湿地などもありました。

でも湿地の水源は、ポンプ井戸のようにも見えました。
庭園の池の水は、ここから汲み上げて流しているのかも知れません。

このように、色々あって楽しい菅刈公園ですが、酒宴は禁止です。
絵面としては、「デブ立入禁止」にも見えてしまいますが、そんな事はありませんので、桜を静かに楽しみましょう。

(2019年3月訪問)

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