1931/1000 下三条町南(天王川)公園(神戸市兵庫区)

2018/10/21

自然災害伝承碑 神戸市兵庫区 身近な公園 兵庫県

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昨日は神戸市須磨区の天井川公園でしたが、本日は兵庫区の天王川公園。

この公園は、以前は川に沿った緑道のような形だった記憶しているのですが、隣にあった中学校の統廃合・移転、その跡地での小学校整備などに関連して公園や周辺道路が作り変えられたようで、久しぶりに横を通ったら、かなり形が変わっていました。

天王川もそこそこの天井川構造になっており、まわりの市街地と堤上の道路との3~4メートルほどの段差を、階段状に築成された公園が繋いでいるような格好です。
ですので、園内は階段とスロープばかり。

公園のサイズに対してスロープの幅が広すぎるようにも思いますが、車椅子どうしがすれ違える幅が取られています。
周りの道路が狭いので、園内が一般の通路代わりに使われることを考えてのものでしょう。

一つ一つの平段は小さく、正直、利用の面ではあまり使いみちは無さそうです。

まちのスキマを上手に使っている天王川公園でした。

(2018年7月訪問)

【2025年3月追記】

神戸市の資料を見ていて、少し気づくことがあったので、現地で確認してきました。
それは「公園名が間違っていないか?」ということなのです。

もともと、この公園は天王川に沿って約330メートルの帯状に続く「天王川公園」として都市計画決定されており、そのうちの50メートルほどの区間だけが開園している状態でした。
それが記事冒頭で述べた”以前は川に沿った緑道のような形”だった時代の話なのですが、近年、この例のように何十年も計画だけあって整備ができていない都市計画事業は「長期未整備」と呼ばれて、整備できていない区域を都市計画から外す手続きがなされることが増えています。

で、2023年にNo.3527 下三条町公園・改の記事を書いた時に調べて、天王川公園についても未整備区域が廃止になったことは知っていたのですが、最新の神戸市情報マップを見ると、公園名は「下三条町南公園」、都市計画名は「天王川公園」となっているではないですか。
都市計画名と公園名が違っていることは珍しくないのですが、世間的には現地の園名板に書かれている公園名で呼ばれるものなので、本ブログの記事も公園名を使っています。これが違っていると今一つなので、確認に行ったわけです。

するとしっかりと下写真のように書かれていたので、ブログ記事のタイトルも「下三条町南(天王川)公園」と改めることにしました。

ついでなので、はじめに記事にした時は「公園の外だから」と考えて書き留めていなかった、南隣のスペースについても記録しておきます。
ここは公園の改修前からこんな感じで、公園や堤防道路よりも一段下がったところに位置しており、2つの祠と、2つの石碑が集められています。おそらく、地域の皆さんにとって大切な物件たちが、河川改修や区画整理事業などの影響を受けて、場所を変えながら集まってきたものではないかと考えています。

中央正面の一番よい場所を占めているは、達磨さんが祀られた祠。

周りには「達磨万山講」と刻まれた柱があり、昭和4年(1929年)のものだと刻まれていますの、かつてそういう名の講を結ぶ方々が建てたものと思われます。

こちらは東宮殿下御成婚紀年碑。大正13年(1924)年の、当時の東宮殿下、すなわち後の昭和天皇のご結婚を記念したものです。

そして本ブログ的に馴染みが深いのは、水害復興記念碑。昭和13年(1938年)の阪神大水害の被害、その後の復興の取り組みなどが簡潔に述べ、「水害復興助成会の解散式にあたって、被災地の土中から出てきた石を使って碑を建設した」旨が刻まれています。

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