2018年7月7日

1837/1000 高津公園(大阪市中央区)

大阪市中央区にある高津宮(こうづぐう)は、古代の宮城である難波高津宮(なにわのたかつのみや)を開いた仁徳天皇を主祭神として祀る神社です。元々は現在の大阪城や難波宮の付近にあったようなのですが、豊臣秀吉が大坂築城に取り掛かった1583年(天正11年)に現在地に遷座したとされます。

この場所は上町台地の断崖端にあたるため、眼下には道頓堀沿いの繁華街、遠くには六甲や須磨浦までも眺望できる景勝地であり、江戸時代には名所として賑わったそうです。
その高津宮を取り囲むように、北・東・南側が高津公園となっています(西側は道路)。

歌川芳雪「浪花百景 高津」

ただ、現地に行ってみると、「上町台地の断崖端」といいつつ、高津宮の社殿がある場所は、周囲の公園のいずれよりも3~5メートル程度高くなっており、こんもりと突き出たような格好になっています。
なんとなく、崖端のよく目立つところに、さらに少し土盛りをして神社を建てたようにも見えます。

例えば、北西側の坂道(通称:縁切り坂)の高低差や、北側の公園にそびえる石垣を見上げると、そんな風に感じるのです。

そんな高津宮、かつてのように名所級の賑わいはありませんが、樹林地が少ない大阪市街地にあっては、憩いの場として多くの人に親しまれています。

参道の鳥居?には、右に「仁風敷宇宙」、左に「徳化洽乾坤」と、意味はよくわかりませんが何か良い言葉が刻まれています。「仁徳」を褒め称えているいうことなのでしょう。

この鳥居がある南側の参道の周りは都市公園の区域に含まれており、参道の右手には休憩向きの園地、左手には少しだけ遊具の置かれた広場などがあります。

池もあるのですが、訪れたときは水が枯れていました。

そこから神社の方には上がらずに、神社東側の崖下の園路を通り抜けます。
ここも公園と神社境内との間に結構な高低差があり、境内地盛土説の疑いが増します。

園路の反対側の塀の上には、隣のお寺の五輪塔がズラッと並びます。
なぜ塀の上に並べているのかがわかりませんが、強い地震の際には全部落っこちてくるので、気をつけて欲しいところです。

で、神社の北側に出ると、まずは梅林があります。
江戸時代には、社の付近に梅川(梅津川)という川が道頓堀川に向かって流れており、神社の周りも梅の名所として有名だったということです。

フェンスにも梅模様。

浪華名所百景によれば、江戸時代、高津神社西側の坂下にあった植木屋吉助(松井吉助)は、とくに牡丹と菊で名高く、時期になれば花壇を作って観覧に供していたため、たいそう賑わっていたそうですが、現在は牡丹や菊はそれほど取り上げられていないようです。
歌川芳雪「浪華百景 吉助牡丹盛り」

そこを通り過ぎると、北ブロックの広場、遊具コーナーに出ます。
南ブロックは園地としての色が濃かったのですが、こちらは子供向けの遊び場の色が強く出ています。

遊具はブランコ(大・小)、滑り台、砂場など、標準的なものばかりです。

最後に縁切坂から境内に上がってみると、往時を思わせるような展望休憩所がありました。

昔はこんな風に、茶など喫しながら遠くを眺めて楽しんだのでしょう。

今となっては木々の合間から目の前に建つビルの壁を眺めることくらいしかできないのですが、それはそれで楽しい高津公園でした。

(2018年5月訪問)


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