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2017年8月7日

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一般的に「難波(なにわ)」といえば大阪のことで、「難波(なんば)」はその中でもミナミと呼ばれる地域の中心ですが、尼崎にも「難波(なにわ)」という地名があります。
もともとは庄下川と蓬川に挟まれた一帯の呼び名で、現在の町名では東難波町、西難波町に分かれますが、最近の町名変更で分けられたというわけでもなく、難波が東西に分かれたのは戦国時代に遡るそうで、思いがけず伝統的な町名なのでした(尼崎市立地域研究資料館のサイトapediaによる)。

なのに、今回の公園は東難波町にある北難波公園。間に道路を挟んで、東側にどちらかと言えば滑り台やブランコなどのある小ブロック、西側に少年野球の練習くらいができるグラウンドを備えた大ブロックとに分かれます。

上写真が東側ブロックなのですが、訪れた時は小学生がたくさん遊んでいて、大っぴらにカメラを向ける雰囲気でもなかったので、遠くから失礼しました。

一方、西ブロックは東ブロックと比べると古びており、墓場との境界も定かではないなど、少々アクの強い姿になっています。

そして、この墓場がけっこう荒れた雰囲気で、草刈りはされていないし、石塔の残骸のようなものが転がっているしで、「墓地」というよりは「墓場」と呼ぶのがふさわしい体となっています。

そんな墓場を挟んで東側が少年野球チームがグラウンド、西側が遊具広場になっています。

遊具広場は、東側ブロックと比べると古びた遊具ばかりですが、ブランコ、滑り台、砂場などが一通り揃っています。

ただ、東側ブロックが小学生で溢れかえっていた同時刻に、こちらには高校生が一人しかいなかったので、やはり「墓場の隣」は敬遠されるのかなぁと思った次第です。

(2017年3月訪問)

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