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2017年8月1日

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No.1540 明治町公園でちらっと登場した旧・国鉄の倉吉線が1985年(昭和60年)3月末に廃止され、その跡地を公園、緑道としたのが緑の彫刻プロムナード公園です。
その名の通り、線路部分が緑道(プロムナード)、打吹駅部分が広場・園地(公園)になっており、そこここに彫刻が展示されています。

とは言え、今回訪れたのは、その中でもごく一部。倉吉線鉄道記念館のある一角だけです。

鉄道記念館は入場無料。管理人さんなどはおらず、自分で明かりをつけて中に入ります。

館内は大まかに2室に分かれており、入ってすぐの部屋にはディーゼル機関車が展示されています。
手前にある女の子のパネルは、倉吉がモデルになった町を舞台とするメディアミックス「ひなビタ」の登場人物であるようで、町のあちこちに同じようなパネルが置かれていました。

ほかは思い出の写真パネルだとか、訪問者の記録帳だとか、ほのぼのとする物件が展示されています。
その中にあって、以外にハイテクなのが入館者数を数えるオートカウンター。

そして館外には、蒸気機関車が展示されています。

こちらは福知山線・境線を走っていた機関車だそうです。
●現地の解説板より
明治33年5月米子-境港間(現境線)の鉄道の建設に着手されたのが、山陰地方の鉄道の歴史の始まりです。
倉吉線は地元住民の熱心な運動により、明治45年に上井駅(現倉吉駅)から打吹駅(旧倉吉駅)までが倉吉軽便線(荷物の輸送)として開通し、昭和33年に山守駅まで延長されました。
当初は、上井駅から姫新線の中国勝山駅まで南勝線として計画され、昭和60年4月1日まで営業をしていました。
この蒸気機関車C11・75号は昭和10年3月28日に製造され、戦前・戦中・戦後を通じて地方ローカル線の主力として日本の鉄道輸送を支え続け、昭和47年9月16日に廃車となるまで福知山線並びに境線で活躍をしました。
走ったキロ数:1661.279km(地球を約41.5週※原文ママ したことになります)
大きさ:長さ12m65、幅2m92、高さ3m、重さ559t、動輪の径1m52、最高速度85km、最大馬力783ps

そして肝心の彫刻やプロムナードはというと、訪れた日はあちこちに雪が残っていて、少し暗い雰囲気の写真になってしまいましたが、実際は結構広がりがあって、イベントなどにも使える空間になっていました。

次はもう少し晴れた日に訪れて歩いてみたい緑の彫刻プロムナード公園でした。

(2017年2月訪問)

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