日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2017年4月9日

1439/1000 南長崎五丁目稲荷神社境内仮児童遊園(東京都豊島区)

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さて、本日は南長崎五丁目稲荷神社境内仮児童遊園という長い名前の公園です。
そのまま分解すれば、「南長崎五丁目にある、稲荷神社の、境内に、仮に設けられた、児童遊園」ということになります。
名前を見ただけで所在地はよくわかるのですが、「仮」が何なのかわかりません。

おそらくは豊島区独自の制度で、正式な公園・児童遊園が不足している地区で、道路や住宅など他の事業用に確保した用地や民間から借りた用地を一時的な遊び場として開放しているものだと思うのですが、豊島区の児童遊園条例には「仮」についての定めはないようです。
ただ、豊島区のHPによれば2015年2月25日現在で区内に8ヵ所の仮児童遊園があり、面積は31平米~501平米まで様々。ここが501平米で最大規模の仮児童遊園ということになります。

下の写真で境内地のほぼ全てが見えていますが、空地部分だけだと500平米も無いように思います。

児童遊園になっているとは言え、あくまで「仮」なので、広場が主体。
遊具は豊島区ではおなじみの揺れるとしまななまるが2体だけです。

こちらがお稲荷様の社殿。
なんだか縦に長い感じがする、関西風に言えば「シュッとした」社殿です。

こちらは神輿蔵。大小各種収められているようです。

まぁ、この雰囲気ならば、無理に遊具など置かなくとも良い気もする南長崎五丁目稲荷神社境内仮児童遊園でした。
●現地の解説板より 五郎久保稲荷神社
当神社の創建年代は詳らかではありませんが、全国でも数少ない北向きの稲荷神社で、「北向稲荷」とも呼ばれていました。
稲荷神社は古来より五穀豊穣・福の神として信仰されていますが、当神社は、特に火災災害などの厄除けの神社としてご利益があると伝えられています。境内の手水鉢に天保6年(1835)2月の銘がありますが、当時この地域は武蔵国豊島郡長崎村五郎久保といわれていました。当神社の名称もこの地名によるものです。
なお、旧字五郎久保は、明治時代に入り五郎窪と改称され、その後町制等の変更により、「南長崎3丁目南部・同4丁目・同5丁目」となっていますが、長崎村の時代より氏神として地元氏子により厚く守られ、現在に至っています。
一、初午祭 二月初めの午の日
昔、農家では田畠の仕事初めに初午祭を行ない、その年の豊作を祈ったと伝えられています。
一、例大祭 九月の第二日曜日
江戸時代には当神社を氏神として五郎久保地区独自の例祭が行なわれていましたが、明治5年(1872)長崎神社が村社になると、長崎神社の例大祭に準じて催されるようになりました。
一、神輿(みこし) 九代目後藤直光作
境内地に安置されている「五若神輿」は、五郎久保の頭文字をつけたもので、昭和9年に氏子有志により新調された総欅造りの神輿です。内側に金箔を施した一刀彫で、台座は二重台にして揺れを和らげる仕掛けがあります。蕨手の屋根は鳳凰を頂き、屋根地は漆の梨地仕上げの格調高い造りとなっています。
一、境内別社 榛名神社
群馬県榛名山にある榛名神社の末社で、鎮火・開運・五穀豊穣の神として信仰されています。

平成17年(2005)3月 豊島区教育委員会

(2016年12月訪問)

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