日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2017年1月20日

1380/1000 高輪森の公園(東京都港区)

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高輪森の公園は、JR品川駅から徒歩5分位のところにあるのですが、テレビの歌番組でも使われる巨大宴会場「飛天」で有名なグランドプリンスホテル新高輪の建物の陰に隠れて、あまり目立ちません。
全体に緑が多くてわかりにくいのですが、下写真の手前側がシナガワグースのビアガーデン、奥のこんもりとした緑が公園、その先の白い建物がグランドプリンスホテルです。

この付近は、江戸時代には薩摩藩下屋敷、明治以降は後藤象二郎や宮家の邸宅として使われ、戦後は色々と変遷した後に、2006年(平成18年)に公園として開かれたとのことです。
●現地の解説板より「高輪森の公園の歴史と庭園遺構」
高輪森の公園があるこの地は、江戸時代、薩摩藩島津家の下屋敷・抱屋敷でした。明治時代に入ると、政治家・後藤象二郎 の屋敷となった後、宮家の邸宅として1947(昭和22)年まで使われます。園地は、朝香宮邸の一画に当たるものと推測されます。1933(昭和8)年、朝香宮が白金台に転居すると東久邇宮が邸宅として使用しました。東久邇宮が皇籍を離脱した後は、宮内庁、大蔵省(現、財務省)と管轄が移り、1975(昭和50)年、大蔵省から管理を委ねられた港区が森の遊び場として区民に開放、2006(平成18)年には港区が財務省から用地を取得し、高輪の森公園を開園しました。
現在、園内には滝や流路などの庭園遺構が見られます。地形を巧みに用いた情緒ある庭園であったと推測されます。朝香宮邸時代、あるいは次の東久邇宮邸時代に造られたものでしょう。
今に続く地形やこれらの遺構は、高輪森の公園の歴史の一端を伝える貴重な遺産です。

ただ、邸宅・庭園の一部とは言うものの地形的には崖そのもので、平場をホテルなどに利用した後に、残った崖の緑地を公園にした様子が見て取れます。なにしろ門をくぐったら正面は崖です。

案内図を見ても、この通り。樹が生えているところは、だいたいが崖です。

上の案内図では、崖を登って行く遊歩道は頂上付近で途切れていますが、実際は森の樹の下を歩けるので、園内を一周することができます。

頂上付近はわずかに平坦地があって、ササの間に落ち葉の道が通っています。

頂上からは、100年くらい前には品川の海を眺めることができていたのではないかと思われますが、今はすっかり森の中です。

上述した解説板で庭園遺構と呼ばれていたものは、この辺りの石組みだと思われます。

一周して、また門のところに戻ってくると、平場には防災用の井戸やかまどベンチなども備えられています。
もっとも、都心部では、いざという時にかまどがあっても燃やすもの(薪)がないという問題が考えられます。この公園も生木は豊富なのですが、よく手入れされていて朽木が見当たらないので心配です。

と、こんな感じで、都心部には珍しい山の雰囲気が味わえる公園です。
遊具施設は何もないのですが、この地形と森だけでまぁまぁ遊べるので、月一回のプレーパークも開催されているようです。

おまけ.
公園への進入路に何本もの街灯が設置されているのですが、場所としてはホテルの敷地内から進入路側を照らしているようで、ホテルの持ち物なのではないかと思われます。
ホテルとしては裏口にあたるからと言うわけでもありませんが、飾り笠がすっかり失われて、骨組みだけになっているのはまだマシな方、大半は電球だけになっていました。

今どき裸電球なんて目にすることが少ないので、この無骨さが逆に新鮮と言うべきか。

指定管理者による公園紹介ページ

(2016年7月訪問)

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