1356/1000 神明都電車庫跡公園(東京都文京区)

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土地利用の出自をわかりやすく語っている神明都電車庫跡公園。
1971年(昭和46年)までは都電の神明町車庫があった敷地が、現在は公園、福祉会館、公営住宅などとして使われています。
まずは車庫跡の名残を伝える都電車両の展示からご紹介。客車と貨物車が一両ずつ展示されています。
●現地の解説板より「都電客車の由来」
ここに展示された都電は客車6000形といわれる形式で、昭和22年に1号車(6001号)が誕生し、昭和28年までに289両の車両が製造され、都内全域にわたり活躍しました。
ここにある6063号は、昭和24年3月に63番目に製造されたものです。活躍の第1号は、昭和24年3月19日から青山車庫管内の路線を走行し、それから大久保、南千住車庫管内に移り、昭和24年9月からは、神明町車庫管内を走行し、昭和45年12月28日荒川車庫管内に移籍し、昭和53年4月27日まで約29年間活躍し、廃車となりました。
 形式:半鋼性ボギー電動客車(6063号)
 走員:96人(内座席22人)
 面積:19.62平米
 最大寸法(長×幅×高):12300×2210×3700
 自重:15トン

●現地の解説板より「貨物車の由来」
ここに展示した貨物車は乙2型といわれております。この貨物車は昭和16年に乙10型を改造したものです。
この貨物車は幸い戦火をまぬがれ、戦後も軌道敷の砕石などを輸送し、また一時は野菜、魚介類などの食料品輸送にも活躍したそうですが昭和46年3月20日に荒川車庫で廃車となりました。
 形式:電動無蓋四輪貨物乙2型
 荷重:5トン
 積載容量:15立米
 面積:8.369平米
 最大寸法(長×幅×高):7650×1980×3453

ちなみに、上に掲載した写真は柵の中にカメラのレンズの先を突っ込んで撮影していますが、実際はこのように柵に囲まれており、大事にしすぎて見学がしづらくなっているパターンです。

また、これは私が知らないだけの話なのですが、各車両の解説に示されている「面積」とは何なのでしょうか。「長×幅」と比べるとかなり小さいので、客車の場合は客が乗れる部分、貨車の場合は荷物を載せる部分の面積なのかなぁと思うのですが。

さて、車両からは少し離れて公園全体を見回すと、車両に近いところは遊具のある広場、画角に入りきっていない左側はじゃぶじゃぶ池のある一角になっています。

上の写真を撮影したのは、こちらの建物屋上を使った滑り台の上からです。
非常に存在感がある割には何の建物なのかが分かりませんが、まわりにマンホールがいくつかあるので、水道ポンプの関係施設ではないかと思います。

屋根に上るのは表側からだけで、建物としてのドアは裏側に付いているので、利用が交錯することもありません。

そのほかには、ブランコ、砂場、クライミング遊具などがあります。

そしてじゃぶじゃぶ池なのですが、訪れたのが6月で開業前だったためご覧のような状態。
池と呼んではいますが、実際は緩やかな流れになっており、飛び石や橋もあって幼児には遊びごたえがありそうです。

そして1970年代風のモダンな外観のトイレがありました。
女子トイレ側の目隠しに並べているタイル貼りのプランターも、今となっては昭和テイストのオシャレアイテムに見えてくるから不思議です。

作りはやや古いのですが、公共施設や公営住宅に囲まれて、まだまだこれからも頑張れる神明都電車庫跡公園でした。

おまけ.
公園に隣接する勤労福祉会館の出入口横に置かれた遊具3体。手前に鹿と白鳥、奥の柱の陰にウサギもいます。
雨が降っても遊べるとは言いますが、敷地は業務用駐車場にも使われているようなので、おそらく遊んでいると「危ないよ!」と声をかけられることでしょう。どういう経過でこうなってしまったのか。

文京区による公園紹介ページ

(2016年6月訪問)

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