沖縄市役所はこの地方特有の琉球石灰岩台地の崖上に建っているのですが、1974年(昭和49年)に、その崖の斜面地で約5000年前の貝塚が見つかりました。その後の発掘調査で後の時代の遺物も見つかり、現在は16世紀頃まで人が暮らした複合遺跡「室川貝塚」であることが明らかになっています。
市役所内に模型が展示されていたので、小さな写真ですが掲載。崖の上には住居、崖の下に貝塚の中心的な部分が示されています。
さて、平成のはじめ頃に市役所が建て替えられる際に、この遺跡の一部が保存・整備されて公園ができました。その名も「歴史公園」。
多くの場合、地名や遺跡の名前を冠して「●●歴史公園」と名付けられるものですが、ここは非常にシンプルです。別に間違ってはいませんが、「この先、新しく見つかる遺跡を公園にすることは無いのだろうか...」と心配になります。
公園の中心部を崖の上から見渡すとこんな感じ。市役所の建物に囲まれていて、あまり近づきやすい位置ではありません。
下からの写真は、上から見えていた沖縄市章をかたどったトピアリーを見上げています。芝生の広場と言えなくもないですが、傾斜が急なので、マットでも敷いてちょっと座るくらいの使い方しかできません。
公園内では、遺跡に関するものは解説板くらいで、その他の展示や復元などは行われていません。
●現地の解説板より『室川貝塚』
最初の室川貝塚発掘調査が行われた1974年当時、「沖縄の土器の起源は、縄文時代後期(約3500年前)より古いものはない」と考えられていました。この定説は、1920年代に伊波貝塚と荻堂貝塚の発掘が行われてから、約50年間も変わらなかったのです。室川貝塚の最下層から出土した「室川下層式」土器の発見は、沖縄貝塚時代の研究を大きく前進させるきっかけになりました。
この室川下層式の出土から曽畑式・ヤブチ式土器の発見まで、わずか2年間で沖縄の貝塚時代は、約2倍も古く(6700年前)さかのぼることになりました。
室川貝塚は室川下層式(約5000年前)・面縄前庭式(約4000年前)、伊波式~仲原式(約3500~2300年前)までの貝塚時代の遺物が出土しました。貝塚時代後期の約1300年間は、空白期で人の生活した資料がありません。
次にフェンサ下層式(10世紀ころ)からグスク時代(フェンサ上層式)の16世紀ころまでの遺物が出土しています。このように室川貝塚は異なる時代や年代の遺跡が重複した「複合遺跡」です。
沖縄市章は、沖縄の「お」の字を図案化したもので、遺跡とはとくに関係ありません。
ただ、上述の解説板はトピアリーを見上げる場所に設置されているので、この下に遺跡の中でもとくに重要なものが眠っているのかも知れません。
地形の制約条件が大きい中で、遺跡を地下でしっかりと保存しているのは確かなのでしょうが、現状はどちらかといえば「市役所横の休憩園地」と見て取れる沖縄市の歴史公園。
もう一声、見る人の想像を掻き立てるような仕掛けが欲しかったところです。
(2016年2月訪問)
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