日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2016年9月7日

1267/1000 美里公園(沖縄県沖縄市)

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現在の沖縄市は、旧・コザ市と旧・美里村が合併して1974年(昭和49年)に誕生しました。当時はコザが市街地・繁華街、美里が農村だったのですが、合併後には旧・美里村役場周辺で区画整理事業が実施されて新しい住宅地となったため、現在は美里地域の方が賑やかなくらいです。
そんな旧・村役場の目の前にあるのが美里公園です。

そのあたりの経緯は、園内に設置された立派な記念碑に刻まれています。

●美里土地区画整理事業 竣工記念碑より「農地から宅地へ」
この地域は、沖縄市美里の東部「美里東原(みさとあがりばる)一帯及び松本福比原」に位置し、耕地として最適であるマージとジャーガルが半々になった肥よくな土壌を有していたことから、県下でも有数な優良農地として栄えた。
昭和49(1974)年、コザ市と美里村の合併による沖縄市の誕生に伴い、旧美里村役場周辺の整備と合わせ、道路や公園などの公共公益施設の計画的な土地利用が図られることとなった。
昭和53(1978)年6月、宅地の利用増進と市街化の促進を目的とした美里土地区画整理事業が認可され、昭和56(1981)年7月に、松本福比原の工事を皮切りに81.4haの広大な面積を整理する大事業が始まった。
平成23(2011)年1月、換地処分が行われ約33年もの長期にわたった事業は、農地の保全か市街化の促進かの対立により、大変な困難を極めたが、地主会協力のもと住民・国・市がそれぞれの役割を果たすことで無事終了し、先祖伝来受け継がれてきた土地が、農地から宅地へと形を変え次世代へと引き継がれることとなった。
事業完了にあたり、地主及び関係各位へ感謝すると共に美里地区の限りない発展を祈念し、ここに碑を建立する。

平成27年2月吉日 沖縄市長 桑江朝千夫

さて、そんな困難を乗り越えて作られた公園は、面積にして1.9ヘクタールあって市街地の公園としてはかなり大きい方です。おまけに、わずかに起伏はあるものの地形的には平坦なため、一目で園内を見渡すような写真は撮れません。

基本的な構造としては、大きな芝生の広場を囲むようにウォーキングなどに適した周回園路が設けられていて、この園路沿いに色々な施設が配置されている格好になっています。

まず交差点に面したメインエントランスは石敷きの広場になっており、中央に人工の滝が作られています。私が訪れたのは12月だったため水が流れていませんでしたが、暑い時期には子供が水遊びをしていることと思われます。

もう一つ大きな出入口から入ったところには直径20メートルほどある巨大東屋があって、その周りが子供の遊び場になっています。
遊具に関しては奇抜なものはなく、ロープピラミッド、小型の複合遊具、幼児向けの恐竜滑り台などが設置されています。

こちらは木製のデッキと鉄パイプ、ロープなどが色々と組み合わさった複合遊具です。
上の滑り台や登り棒などが組み合わさったものと比べると、ハッキリとした遊び方があるわけではないのですが、小学生になるとこれくらいの方が逆に色々な遊び方を生み出せて楽しいのではないかと思います。

さらに年齢が上がると、スケボー場や、

バスケットコートなどがあって、盛り沢山な施設内容です。

遊具や運動施設以外にも、自由に使える芝生広場や周回以外の園路も豊富で、幅広い年代が楽しめるようになっています。

公園のトイレの横にはなぜか車寄せがあって、いちいち駐車場に車を停めなくとも、トイレを使えるようになっています。
「公園のトイレといえば、タクシーや営業車の路上駐車」というのが定番の姿ですが、こういう形で公園利用者以外にトイレを使いやすくする工夫は初めて見ました。また、こちらのトイレには多目的トイレもあるので、幼児連れのお母さんでも安心です。

トイレ自体も面白い形をしています。鳥が羽ばたいているところでしょうか。真ん中のタワー状の部分と両翼のトイレ本体は建物としては分離しており、どうしてもタワーを建てたかった気持ちが伝わってきます。
タワーの下部には扉があって、中に入れば頂上まで登れる構造になっているように見えるのですが、外観からは細かいことはわかりませんでした。

園内の水飲み場も鳥の翼のような形をしており、なんとなく鳥を意識している様子がうかがえます。

このように色々あって楽しい美里公園ですが、楽しすぎてついつい夜ふかしをすると、次の日がつらくなるので気をつけましょう。

(2015年12月訪問)

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