1255/1000 松川公園(沖縄県那覇市)

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松川公園は、那覇市松川と三原の町界付近に細長く続く公園です。
「細長い」といっても並の細長さではなく、道路に挟まれた幅3~4メートル、長さが150メートルくらいの直線型をしています。

こうした極端な形をした公園敷地は鉄道跡や水路跡であることが多いのですが、ここはそうではなく、明治時代から使われた射撃練習場の跡地だということです。

●現地の解説板より「安里村射的場跡」
陸軍熊本鎮台沖縄分遣隊の射撃訓練場跡。
1879年(明治12年)の沖縄県設置(琉球処分)を行うにあたり、沖縄に派遣された熊本鎮台沖縄分遣隊は、1890年(明治23年)2月、安里村(現大道・松川一帯)の畑地17,580坪余を取得し、練兵場・射的場用地とした。
練兵場の南側に接する射的場は、長さ650m、幅30mの直線で、高さ17mの佐久間森(現松川小学校敷地)と呼ばれる丘に、3~4個の標的を設置し、射撃訓練が行われた。
分遣隊派遣終了(1896年)後は、練兵場は学校用地(現大道小学校)に、射的場は在郷軍人等の演習に使われた。射的場の丘は、演習がないときなどは、近くの沖縄女子師範・第一高等女学校の生徒たちの憩いの場で、「ローレライ」と呼んだという。
沖縄戦後、一帯は学校や住宅が立ち並んだが、まっすぐに延びた公園や練兵橋の名に当時の面影が残されている。

女学生たちが憩う丘を「ローレライ」とドイツ風に呼ぶところが、いかにも戦前の学生という感じがします。丘の上の女学生に気を取られて、男どもが転んだり川に落ちたりしたのでしょうか。
男たちが落っこちたかも知れない川にかかる橋から見ると、橋の向こうに見えるビルとビルとの間の樹林地が松川公園にあたります。

ただ上で述べたように、公園だけだと直線距離は150メートルほどなので、解説板にある650メートルの射撃場は、この大道練兵橋を渡ってずっと向こうのモノレール安里駅付近まで続いていたのではないかと思います。
そして公園の幅も30メートルはありませんので、半分以上は道路などになったと考えられます。
Mapion地図より作成

このように細長い形状ではできることも限られていて、ほぼ遊歩道のみです。
石張りの舗装あり、飛び石あり、ただの踏み分け道あり、といった具合で少しずつ変化しながら続いていきます。

ただ、実際は公園の両側ともが道路になっており、とくに片側は車の通らない歩行者道なので、積極的に園内を歩く人は多くないように思います。

それよりは、沿道の家々からの使い勝手を考えた改良が処々に見られ、下の写真のように「公園の外側からしか使えないベンチ」などもありました。

「細長い」形は絶大な特徴なので、使いようによっては面白くなりそうな松川公園。まずは「長さ150メートルの巻き寿司づくり」くらいから始めてみてはどうでしょうか。

(2015年12月訪問)

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