954/1000 うえはら児童公園(沖縄県宜野湾市)

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うえはら児童公園は、米軍・普天間基地の南側に隣接する返還跡地の住宅地区にある小公園です。
普天間基地に隣接する返還跡地に建ち、平和をテーマにした展示で有名な佐喜眞美術館に隣接しているため、観光ですぐそばまで来て公園をご覧になった方もいらっしゃるかも知れません。
こちらが美術館の外観。

美術館の方は、館のHPによれば今年で21周年だということですので、開館は1994年。
宜野湾市の資料では公園の開園は1990年、園内にある区画整理記念碑の建立は1991年となっています。

No.947 いすのき児童公園の区画整理記念碑もかなりの大きさでしたが、ここの記念碑は輪をかけて大きく、隣にある東屋の屋根よりも高いほどです。石を用意するだけで相当な金額が必要だろうと心配になります。

■記念碑『躍進』
この地域は、静かな環境の中に農家が点在し広い農耕地を有しておりましたが、1945年4月第二次世界大戦において米軍が上陸し、住民はあらゆる財産幾多の犠牲をこうむり、この地は米軍の基地に接収された。
1978年3月に軍用地返還に伴い関係地主総意のもとに土地区画整理組合を結成し、1984年1月に知事の認可を得て総面積8.1ha、総事業費6億8千万余円をもって事業を施工し、約7ヵ年有余を経て竣工した。本地域の将来の繁栄を祈念してここに記念碑を建立した。
1991年2月吉日 上原土地区画整理組合(以下、役員名)

公園敷地はおおむね東西に細長く、中心に記念碑を挟んで、東側がゲートボールなどに使える多目的広場、西側が遊具広場になっています。

ちなみに北側のフェンスの向こうは、まだ普天間基地のままです。

遊具広場には、大がかりなぶら下がりモノレール(レールのあるターザン遊具みたいなもの)、幼児向けの複合遊具、座ってクルクル回る回転コーヒーカップ遊具(外観はUFOですが)などがあります。

が、モノレールはぶら下がりパーツが外されており、使用できなくなっていました。
見たところレールやフレームそのものに大きな傷みはないようでしたが、どこに不都合が出たのでしょうか。

また、複合遊具やコーヒーカップのある敷地は大きな砂地になっています。
本来はほかの遊具も置かれて事故防止のために砂地にしてあったのだと思いますが、遊具が撤去されて久しいようで、今はほとんど雑草地になっていました。

宜野湾市のHPで見ると、以前はヤジロベエ式のシーソー、揺れる乗り物遊具などがあり、また複合遊具も今とは別のユニットが付いていたようです。
宜野湾市のHPより引用して表示
http://www.city.ginowan.okinawa.jp/DAT/LIB/WEB/1/6.312A.jpg
また、複合遊具の上部には、使い道がよくわからない屋根フレームのようなものがありました。
テント屋根のフレームかとも思いましたが、横軸のトラス部分のつくりが貧弱で、風の強い日は支えられなさそうです。

これも宜野湾市のHPで確認すると、以前はネットが張られて、そこにツル植物か何かを伝わせて「緑の屋根」にしていたようです。
日射しの強い沖縄で、子供たちを強い日射しから守るため必要性に迫られた工夫と言えばそうですが、これだけの広さ・高さのあるものを地上から登攀していくタイプの植物だけで覆うのはけっこうな難題なので、いささか企画倒れだったように思います。
時間はかかるけれど、大きく育つ樹を植える方が良かったでしょう。
宜野湾市のHPより引用して表示
http://www.city.ginowan.okinawa.jp/DAT/LIB/WEB/1/0.55F8.jpg

総じて過剰な部分はそぎ落として、シンプルに向かっているうえはら児童公園でした。

(2015年1月訪問)

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