日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2013年5月22日

352/1000 日本堤公園(東京都台東区)

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No.351で出てきた山谷堀がしばしば洪水を起こすもので、川沿いに堤がつくられました。これが日本堤と呼ばれるものです。今では川も無くなり堤跡は道路などになり、どこがどこだかわかりにくくなっていますが、町名として日本堤の名が残っています。
その町名としての日本堤(台東区日本堤1丁目)から道一本挟んだ東浅草2丁目に、日本堤公園があります。町名と公園名が合わないのは、今までの経験からすると町名変更・境界変更のためだと思います。

こちらの公園、写真奥に見える台東区立東浅草小学校に隣接し、その校庭と一体的に使えるようになっています。
日本堤公園

東浅草小学校は、2001年(平成13年)に合併によって現校名になる前は待乳山小学校といい、関東大震災からの復興小学校として1928年(昭和3年)に竣工した建物が今も現役で使われています。
その横にある日本堤公園は、1978年(昭和53年)発行の『日本公園百年史』附表によれば、1914年(大正3年)に今戸公園として開園、1929年(昭和4年)に震災復興に際して位置面積を変更ということになっています。
ということは、これまでも本ブログに度々登場してきた震災復興52小公園と同じ設計思想に基づき、不燃・耐震化小学校と避難場所となる公園を一体化させたものだと考えられます。それが52小公園に数えられていないのは、新規計画ではなく既存公園の変更だったからでしょうか。

ということで、歴史ある日本堤公園ですが、地下で洪水防止のための雨水幹線の工事がおこなわれた際に公園も再整備され、ピカピカの新公園になっています。

ピカピカなのは新しいからだけではなく、公園全体がフェンスで囲まれ、夜間は閉鎖されるなど管理の厳しい公園だからでしょう。
日本堤公園

再整備以前はもう少し高木が多く、外周部は鬱蒼とするほどだったようですが、今は広場主体の明るいものになっています。
また、小学校と広場との境界フェンスも作り直されていますが、大きなゲートが2つ確保され、災害時などには一体的な利用も可能となっています。
日本堤公園

道路と小学校とに挟まれた細長いスペースには、幼児用のブランコ、滑り台、揺れる乗り物、砂場などが配置されています。
日本堤公園

なお、この公園から2分ほど北に「いろは会商店街」があります。こちらの商店街は『あしたのジョー』の舞台である泪橋に近いということから、作品を活かした振興策に取り組んでいます。

商店街入口に立つジョー(FRP製のようです)。微妙に顔が似ていません。

商店街の中でも、あちこちにジョーのキャラクターが散らばっています。
一見すると主要キャラばかりのようでしたが、丹念に見て回ればウルフ金串やタイガー尾崎なんかもいたかもしれません。

大型フィギアやバナーで賑やかにしているだけではありません。
各店舗では、ジョーにちなんだオリジナル商品を開発しています。例えばパン屋さんでは「あしたのジョーのグローブパン」。もっともパン屋さんご本人は、ジョーと言うよりはマンモス西。隠れてウドンを食べるタイプとお見受けします(失礼!)。

買ってみました(笑)。
2個セットで、左手はジャムパン、右手はアンパンです。美味しくいただきました。

(2013年1月訪問)

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