149/1000 蛎殻町公園(東京都中央区)

2012年9月30日

学校公園 関東大震災復興 身近な公園 中央区 東京都

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蛎殻町の町名について、中央区のHPによれば「昔は漁師の小網の干し場であり、牡蠣の殻の堆積した海浜であったらしいのですが、町名の由来は明らかではありません。」とされています。
いずれにせよ江戸時代には隅田川最下流に位置する新開の埋立地であり、江戸末期には大名屋敷が並んでいたようです。

その中に久留米藩・有馬家の下屋敷がありました。もともと有馬家では、三田にあった上屋敷内に地元・久留米の久留米水天宮を分社してお祀りしていたのですが、明治になって三田の上屋敷を手放したため、下屋敷が本邸となり、お社も下屋敷に移ってきます。これが現在の水天宮だそうです。
水天宮のHPにはこのように書いてありましたが、最終的にどのようにして屋敷が境内に移り変わったのかはよくわかりません。屋敷を神社にしてしまって、有馬のお殿様はどこに住むことにしたのでしょうか?

さて1873年、その有馬のお殿様の寄付により、水天宮の近くに学校ができます(現在の有馬小学校)。この小学校が関東大震災で被災し、江戸時代には津山藩・松平家の下屋敷であった庭園跡に移転し建て直されます。その際に一緒につくられたのが、震災復興公園としての蛎殻町公園で、1931年の開園となります。

以来、1987年に有馬小学校が改築され、それとともに公園も改修されるまでは学校と公園とが一体的に利用されていたそうですが、今は柵や門ができて両者は区切られています。
蛎殻町公園(東京都中央区)
右側の門を入ると小学校および幼稚園です
しかし、制度的には両者は依然として一体であり、時間を区切って利用できることになっています。また、柵は低く、かつ見通しの良いものなので見た目の一体感も保たれており、改修時の関係者の苦労が偲ばれます。
蛎殻町公園(東京都中央区)
校庭と公園が一体であることを告げる看板

学校の正門前は、ややかしこまった緑陰広場となっており、学校の正面玄関としての雰囲気を壊さないようになっています。
蛎殻町公園(東京都中央区)
緑陰広場

正門の横手にまわると遊具広場があります。
ピラミッドロープのほか、複合遊具、揺れる動物、ブランコ、砂場などがあります。
いささか珍しいのが一人用ブランコ。
蛎殻町公園(東京都中央区)
ピラミッドロープ
蛎殻町公園(東京都中央区)
複合遊具など
蛎殻町公園(東京都中央区)
少し寂しい一人用ブランコ

遊具広場に隣接して、普段は有馬幼稚園が使用する幼児広場があります。
こちらにもブランコや太鼓橋、ジャングルジムなど一通りの幼児遊具が揃っています。
蛎殻町公園(東京都中央区)
幼児広場(幼稚園の園庭)

水天宮のページ(水天宮の今昔)
中央区立有馬小学校のページ

(2012年8月訪問)

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