No.4259 中十余二(なか・とよふた)第1公園の回で引用したように、東葛地域には、明治初期の開拓に由来する1~13のナンバリング地名があります。
そのうちの豊四季(とよしき)にある豊四季台公園。UR団地に隣接する小公園です。
地名由来について、柏市役所のHPには、次のように書かれています。
江戸時代、この辺りは小金牧と呼ばれる徳川幕府直轄の牧(牧場)でした(中略)。明治維新後、新政府は東京の旧幕臣などの窮民授産を目的として、本格的に小金牧の開墾に乗り出します。明治2年、三井八郎右衛門らが開墾会社を設立し、市岡晋一郎が現場で指揮をしました。そして、開墾と約6千人の窮民の世話をしたのです。開墾の順番に、初富(はつとみ)、二和(ふたわ)、三咲(みさき)、豊四季(とよしき)、五香(ごこう)、六実(むつみ)、七栄(ななえ)、八街(やちまた)、九美上(くみあげ)、十倉(とくら)、十余一(とよいち)、十余二(とよふた)、十余三(とよみ)という新しい村が出来ました。
UR団地そのものは、1960年代から入居が始まった古いものなのですが、20年ほど前から徐々に建替えが進められており、公園の隣接地には、まだ新しい高層のマンションや戸建て住宅が並んでいます。
この公園も、周りの建替えにあわせて現在のような形になったと思われ、現代風で見通しよく樹木少なめ、草芝敷きの広場を大きく取って、全体を8の字型の園路で回遊できるように仕上げています。
北半分にあたる草芝敷きの大広場は、園路よりも数十センチ低くつくられており、雨水の一時的な涵養機能を持たせています。
結果的に、広場の外周部が緩い傾斜地になっているので、結果的に、よちよちと上ったり、キックバイクで駆け下りたりと、幼児くらいの遊び場にも使えるようになっています。
8の字の2つの丸が交差するあたりが遊具コーナーになっており、複合遊具や幼児遊び場、パーゴラなどがあります。訪ねた時はかなりの人数が遊んでいたので、写真は1枚だけ。
南半分は、大きなマツがあるので、以前から団地内の緑地だったところを改修したのではないかと考えます。
そして、8の字の南の端には高齢者福祉施設が隣接しているので、健康器具を集めて静かに集える小広場としています。
元気さと静さを上手に溶け込ませている豊四季台公園でした。
(2026年5月訪問)








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