4291/1000 岡本(梅林)公園(神戸市東灘区)

2026/07/01

花の公園 神戸市東灘区 身近な公園 兵庫県

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神戸市東灘区の岡本地区には、江戸時代には名高い梅林があり、花の時期になると風流を求めて、多くの人が訪れたそうです。明治以降は、近隣の農家も梅を植えるようになったり、鉄道も通じたりしてさらに盛り上がったようですが、やがて宅地化の進展や阪神大水害などがあって、梅林も農地も姿を消してしまいます。

それをしのんで、1982年(昭和57)年に整備されたのが、岡本公園。ただし、たいていはカッコ書きで岡本(梅林)公園、もっと略して梅林公園と呼ばれているように思います。

園内には様々な品種のウメが植えられており、2月~3月中旬頃まで花が楽しめます。が、訪ねたのは3月の終わり。すでにサクラが咲き始める頃です。さすがに遅すぎて、一輪の花も見当たりません。

斜面を見上げたり、見下ろしたりしながら、一面のウメの花を想像するしかありません。
でも、この斜面の角度がちょうどいい塩梅で、花が咲いたらかなり美しくなることはわかります。

そんなことを思いながら園内を一周したら、1本だけ花を咲かせているウメがありました。
もう葉っぱが出始めてもいるので、あと数日遅れていたら、これすらも危なかったことでしょう。

園内は、六甲南麓の斜面地につづら折りのスロープを通し、その間に梅を植えて、スロープと階段から眺める構造です。スロープ沿いにベンチはあるのですが、平坦地は少なく、緋毛氈を敷いて宴会をするようなスペースは限られています。

頂上まで来ると、大ぶりな四阿があります。本来なら、園内で一番の展望スポットなのですが、眼の前の樹木が大きく育ちすぎていて、現状は今一つといったところ。

屋根もありませんが、眺めだけならこちらのテラス、あるいは出丸状になったポイントのほうが優れています。

こちらは展望四阿の周りにある池。すぐ横に迫る公園区域外の住宅との障壁にすることを意識してか、池周辺は常緑樹がぶ厚めに植栽されており、やや暗い林になっています。

池の上に、枝垂れ梅が掛かっていたりすると絵になると思うのですが。

でもウメの樹は、サクラと比べれば小ぶりなものが多いので、ちょっとしたベンチからでも、至近距離で花と香りが楽しめるのが良いところです。

公園ができてから40年以上経つので、ぼちぼちと新しいウメへの植替えも進められていました。
でも最近は、ウメやモモに被害を与えるウイルス(プラムポックスウイルス:ウメ輪紋ウイルス)の被害が増えているので、ここのようにウメばかりを集めている場所では注意が必要です。

末永く名所であって欲しい岡本(梅林)公園でした。

■現地の解説板より「岡本梅林」

昔から、「梅は岡本、桜は吉野、みかん紀の国、栗丹波」と唄われた岡本梅杯の起源は明確でないが、山本梅崖の「岡本梅林記」に羽柴秀吉の来訪が記されているところよりかなり古くから存在していたようである。寛政10年(1798)には『摂津名所図会』に岡本梅林の図が登場する程盛んとなった。
明治維新後は、国学者大国隆正が、「岡本の梅とききつつ来てみれば梅の中なる岡本の里」と詠じているように全村の各戸に梅の木を植え、増田太郎右衛門所有の約3ヘクタールの梅林をはじめとして、相当広い範囲にわたっていた。
明治30年頃から観梅期に国鉄が臨時停車場を設けるようになり、明治38年に開通した阪神電車が青木停留所を設けるにいたり岡本の観梅は阪神間における年中行事の一つとなった。
このように令名をうたわれた岡本梅林も昭和13年の災害で山が崩れ、戦災で梅の木も消滅し、その後の開発で宅地化され、ほとんとその面影を残さない状態となっていたが、このたび岡本梅林を記念し「岡本公園」として、その一部を復活保存した。(昭和57年2月)

(2026年3月訪問)

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