4232/1000 須磨寺公園(神戸市須磨区)

2026/05/02

社寺御嶽 神戸市須磨区 身近な公園 兵庫県

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神戸市須磨区には、平安時代の開山と伝えられる古刹・須磨寺(福祥寺)があり、そのすぐ東に、堂谷池という池があります。
この池の周りが、明治の頃にお寺や鉄道会社らが、兵庫港の実業家だった神田兵右衛門(こうだひょうえもん)の助言を得て桜園として開発し、その後、神戸市の所有となって、今の須磨寺公園へと発展しています。

このあたりの経過について、1910年発行『兵庫電気軌道沿道案内』には次のように書かれています。短文ですが、花の季節に多くの人で賑わう様子が伝わってくるような、とても読みやすい文章です。

須磨遊園:須磨寺境内にあり、維新以後、寺運日に衰微するを慨し時の住職之が維持策を講じ、兵庫の神田翁に謀り、20余年前始めて境内の荒蕪地を拓き櫻樹を植えしが、今や既に櫻の名所となり陽春駘蕩の候には来り花に浮かるる男女日に幾万古来月の名所は更に花を添うるに至れり。
園内亦数百株の梅林あり、運動場あり、四時誘客絶ゆること無く、今や当園は大に拡張の計画中なれば、近き将来に於て神戸市の公園として持て囃され四時殷盛を際むるに至らん。

”神戸市の公園”になった結果、現在は開園面積約59haの総合公園「須磨寺公園」として、西の須磨浦公園(104ha)、東の離宮公園(112ha)と繋がった一大緑地帯になっているのですが、今回はもともとの須磨遊園だったあたりをコンパクトに回ります。

まずこちらが、堂谷池です。一周しても500メートルほどですが、この公園の修景のベースとして欠かせないものです。

1970年代に、池の北1/4ほどが埋め立てられて屋外型の須磨寺プールが作られたのですが、後に廃止され、そこも今は園地になっています。いつまで営業していたのかは調べきれなかったのですが、1980年代の終わり頃まで構造物としては存在していて、1995年の阪神・淡路大震災の時には、もう無くなって整備工事中でした。
そこが、下図でいう「観月の広場」にあたります。

こちらが「観月台」と名付けられた休憩所。往時の風流としては、ここから直接に空の月を見上げるのではなく、池に移った月を眺めるのが正しい使い方です。

昼間は「市街化しちゃったね」という感じの景観で、風流にはいくらかの想像力が必要です。

広場部分は、サクラに囲まれた一面の草芝敷きになっており、奥に須磨寺の堂宇を眺めつつ、"花に浮かるる"ことができます。

そこから細い一般道を渡って、北側の園地に入ります。初めに園地として開拓された"境内の荒蕪地"は、この付近だと思われます。

周囲に住宅が増える中で、こちらも西半分くらいは遊具がある児童公園的なものに変わっています。

その中央にある「花供養」碑。花供養とは、お釈迦様の誕生日の花祭りのことでしょうか。
1951年(昭和26年)に須恵弘会の皆さんが建てたと刻まれていますが、どういった会なのか詳しいことはわかりません。園内でも中心にあるので、当時は大いに意味ある碑だったと思うのですが。

その奥は、サクラが多く植えられた園地。1月に訪ねたので寂しい限りの写真になってしまい、花を愛でる人たちに申し訳ない気持ちになります。

やはり春か秋に訪ねてみたい須磨寺公園でした。

(2026年1月訪問)

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