姫路城のすぐ北あたりが八代(やしろ)地区で、そのあたりに姫路城主の別邸(御茶屋)があったことから、町名は八代御茶屋町。No.3890で登場した八代東光寺町のすぐ東です。
ちなみに姫路市のHPには”今の八代御茶屋町に江戸時代の初め、池田輝政が別荘(御茶屋)を造営。この場所は前から東光寺があり、伏見天皇(鎌倉時代)の離宮でもあったことから、寺を西に移してその後に建てたと言われる。”とありますので、殿様が寺を動かさなければ、ここが八代東光寺町になっていた可能性もあります。
でも、藩主が池田家から酒井家に変わってすぐに、御茶屋は廃止されたそうです。
それはさておき八代御茶屋公園。伏見天皇離宮跡の碑が建つ赤鹿稲荷神社のすぐ隣ですが、現在の土地利用では繋がっておらず、出入口は一つだけの袋小路型の敷地になっています。
奥まで行くと敷地が少し広くなり、そこに滑り台と2連ブランコがあります。
滑り台や2連ブランコは、最近の姫路市の公園リニューアルで採用されているタイプのものが置かれています。
多くの公園で同じものが採用されているので、コンペか何かで大量に採用されたのかも知れません。
ちなみに遊具はもうあと一つ、本ブログではパンダ型10に分類されるアイテムが、ほかの遊具とは離れたところにポツンと置かれています。
これも、割と新しいものですね。
でもトイレは古いまま。
古いものでも無いよりはマシ、というべきか、現代の子供たちが安心して使えるものではないので無い方がマシ、というべきか迷うところです。
パーゴラの下で涼みながら、どちらが良いのかボンヤリと考えていました。
八代御茶屋公園でした。
(2024年8月訪問)
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