JRはりま勝原駅の南に連なる住宅地の中に、小さな熊見池田(くまみいけだ)公園があります。
150平米ほどの、ふだんなら通り過ぎてしまうほどの小さな敷地で、園内にはジャングルジムと砂場だけ。
ごく近所の子供たちのための、遊び場型の狭小公園です。
でも石碑には、けっこう大きな話が刻まれています。
この付近は、応神天皇の頃から開かれていたのだとか。まぁ、あくまで地名伝承としてのお話だとは承知していますが、近くに大きな古墳もあるので、何かしらの根拠っぽいものもあるのでしょう。
■碑文より「風土記下上筥遺称地」
かつてこの地に八世紀の「播磨国土記」にみえる下莒岡(しもはこおか)に比定される箱山があった。与富等(丁)の開墾作業中に天秤棒の後の莒を落とした地がかつての箱山とされ、前の莒を落とした上宮岡は西土井の小山とされる。
熊見が位置する大家里は応神帝が重要法令を発布したという大法山(現京見山)の南側にあり帝の巡行時の仮宮があったことから、もと大宮、次いで大宅里、さらに大家里に改められたと記され、古くから開けた地であった。平成28年8月 熊見自治会
小さな公園が大きなことを言う熊見池田公園でした。
(2023年4月訪問)
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