阪神・淡路大震災からの復興事業でつくられた富島(としま)地区のポケットパーク群。昨日のその1に続いて、今日は神社やお堂の横に作られたものをいくつか巡ります。
まず県道に面した金比羅神社の裏手にある富島5号公園。
集落内からお社に入る脇参道のような細道の一部がポケットパークになっているかのように見えます。一言で、とにかく狭い。
背伸ばしベンチが置かれているのですが、横にあるのは手すりなのか柵なのかわかりませんが、これによって空間が仕切られて通路側とベンチ側とが分断されるため、ベンチ側が荒れ放題のデッドスペースになっています。
お社には立派な灯籠もあってよく目立つだけに、ポケットパークとの落差が気になってしまいます。
■金比羅神社
築江浦の船乗業者等が、寛政年間に讃岐の琴毘羅権現に参詣して勧請したもので、以来琴毘羅講を作り、この神社の例祭毎に讃岐に参詣することを例となし、築江浦五社の一として崇敬して来たと、口碑の伝うる所である。
次は観音堂の隣りにある富島8号公園。
手水鉢の向こうは公園なので、公園を利用した後の手洗いに便利です。
縁台型のベンチのほかに、腕の運動やストレッチに使うフレーム付きのベンチが置かれています。
まだ新しい観音堂の建物は、地震から12年を経た2007年(平成19年)に再建されたものだそうです。
■観音堂
平成7年の大地震により被害を受けたが、昔ながらの信仰と憩いの場、または鎮魂の場として平成19年再建を果たす
そしてNo.2909 住吉公園の道向かいにある住吉神社にもポケットパークがあるのですが、参道に向かって左・右が別々の扱いになっており、左手が富島12号公園、右手が13号公園になっています。
住吉神社は寛政(1789~1801)に創建、嘉永(1848~1854)に一度修復されるなど、記録がしっかり残っているようです。
■住吉神社嘉永年間この地の敬神家日野九左エ門は、当神社の世話人として長く奉仕し、当時本殿改築にあたり、本殿の基礎台高さ四尺余、幅八尺、奥行十四尺を造り、与平といえる石工をして扇形、彫み石を所々にはめ込みせしめたとの事であるが、その後本殿修復の際、その基礎台が立派に残されていたという。
13号は背伸ばしベンチが1つだけなのですが、12号は幼児向けの遊具が充実しており、なんならNo.2909よりも幼児の遊びには向いているくらいです。
幼児向けの小ぶりな複合遊具、奥には大人の肩の運動に使う健康器具ですが、子供がいたら絶対回し始めるやつも設置されています。
これ、回したくなりますよね~。
可動式ベンチがたくさん追加された東屋の周りには、幼児向けの揺れる動物遊具と、大人向けの前屈器具やぶら下がり健康器具などが混在しています。
健康器具には子供が使うと危ないものもあるので、本当は設置場所を分けたほうが良いのですが、ここのものは背が低いし、可動部もないので許容範囲かなぁと思います。
また機会があれば、今回は欠番になってしまったポケットパークも訪ねてみたい富島地区でした。
(2021年9月訪問)
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