2670/1000 グスクロード公園(沖縄県南城市)

2021/02/20

沖縄県 戦没者慰霊碑 大きな公園 南城市 発祥の地

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沖縄本島南部の南城市は、2006年(平成18年)に1町3村(佐敷町・知念村・玉城村・大里村)が合併してできた市です。
そのうちの旧・玉城村エリアにあるいくつかの城(グスク)を結ぶ道に「グスクロード」という愛称が付けられており、ちょうどその道の中ほどにあるのがグスクロード公園です。

「玉城村立 玉城中学校発祥の地」の碑があり、もともと玉城村の中学校があった場所だと記されていました。
しかし学校があったにしては集落から少し離れた起伏に富んだ場所だし、まだ玉城村だった2000年頃にはもう公園になっていたはずなので、いつ頃まで中学校だったのかと疑問に思いました。

そこで、玉城中学校のHPで確認してみると、ここに中学校が開校したのは1948年4月、翌年の3月には現在地に移転しているので、発祥の地に存在したのは実に1年未満のことでした。
おそらくは戦後の混乱期に、なんとかして土地を確保して中学校の開校にこぎつけ、その後に村の中心部に適地を得て移転したものかと想像します。

さて、そんなグスクロード公園ですが、多くの来園者のお目当ては大型遊具が立ち並ぶ遊具広場でしょう。
広すぎて一枚の写真にはまったく収まっていません。全部はとても紹介しきれないのですが、こうした大型遊具が人気の公園は、本ブログでなくとも紹介しているサイトがたくさんあると思うので、ここは掻い摘んで。

まず記念碑の隣にある東屋の横手から、一番のロングすべり台が伸びています。

滑り降りた先には、複合遊具(大)があります。
2階の高さから下りてくる滑り台2基を中心に、小学生くらいが楽しめるサイズの遊具が集まっています。

その横には、大きなロープピラミッドが4つも集まった広場があります。
よくある遊具ですが、この大きさの複合ピラミッドは初め見ました。

そして複合遊具はもう1つ。
こちらは高さも抑え気味で、小学校低学年くらいをターゲットにした遊具構成です。

スパイラル滑り台、幅広の緩い滑り台、プレーウォールなどが複合しています。

こちらは、いわゆるターザン遊具が進化したもので、ぶら下がってグルリと回るタイプの遊具です。

ところで、先ほどからチラチラと写真に写り込んでいるオジさん。
南城市のマスコットキャラクター”なんじぃ”と言います。


色々なところに顔を出してくるので、この遊び場全体が”なんじぃランド”のようになっています。

ただ、不思議と、こちらの屋根付きの幼児向け遊び場にだけは顔を出していません。

全体がカメや貝殻などの海モチーフになっているので、入り込む隙間がなかったのでしょうか。

しかし、実はこの公園の本当の中核施設は遊具広場ではなく、こちらの巨大屋根掛け広場なのです。なにしろ、施設名が「コア施設」と言います。
外観は、昔の製糖施設(サーターヤー)を模しているように思います。

写真でパッと見ると大きさが伝わりにくいかも知れませんが、25メートル四方くらいの広場がすっぽりと大屋根に覆われています。
こういった大屋根掛けの施設は、下がスポーツ広場になっているものが多いのですが、ここは舗装されており、使いみちとしては普段づかいでは日除けや雨除け、そうでなければ式典やイベント会場として使えそうです。

写真では見えにくいですし、現地でもすごく見えにくいのですが、軒下には昔の農業の説明パネルが何枚か展示されていました。
もしかすると、農水省の補助事業で建てられた施設なのかも知れません。

コア施設の近くには、まだ新しい「慰霊之碑」が建てられていました。
碑文によれば、町村合併で南城市が誕生したことを受けて、各町村にあった慰霊碑も合併して、ここに新しいものを建てたそうです。

■碑文より
平成18年1月1日、佐敷町、知念村、玉城村、大里村が合併し南城市が誕生した。
これを機に日露戦争、日中戦争、太平洋戦争によって尊い一命を捧げられた御霊を旧町村慰霊碑から合祀し、恒久平和の説なる願いをこめて、市民はじめ全遺族の総意を結集しこの碑を建立する。
平成22年6月18日建立 南城市遺族連合会、南城市

自治体が合併したから慰霊碑も合併する、という構図には若干の違和感もありますが、実際の施設としての管理や慰霊祭の開催などには自治体組織の関わりが大きくなるので、仕方のないことかと考えてみたりします。

次は晴れた日に訪ねてみたいグスクロード公園でした。

(2020年12月訪問)

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