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2018年5月5日

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文京区の湯島小学校の北側にある新花公園は、関東大震災からの復興に際して作られた小公園の一つで、もともとは学校の東側に校庭と並ぶように設置されていました。

しかし、児童数の増加や学校施設の充実などの理由で「公園も校庭として学校用地にしたい」「児童の安全のために学校は囲い込みたい」といった声が強まったのでしょう、公園は徐々に学校に飲み込まれていき、とうとう学校とは道一本隔てた現在地に新しい用地を得て移転してしまいました。
下写真が、現在の公園内から小学校を見たところ。

湯島小学校のHPに掲載されている「湯島小学校のあゆみ」によれば、関東大震災からの復興で鉄筋コンクリート造の校舎が落成したのが1926年、同時に公園も開園しています。
がしかし、わずか15年後には公園と学校との境界が取り払われ、公園も運動場の一部として使われるようになっています。石山、北澤らの研究によれば、これは震災復興で生まれた学校公園が実質的に学校に占用されてしまった最初の例であるようです。
下表に、「湯島小学校のあゆみ」から関連する箇所を抜粋して引用。

年月 できごと
大正15年(1926)3月 鉄筋コンクリート造りの校舎落成式。(翌日)、東伏見宮殿下が新校舎においでになり、授業をご覧になる。
昭和15年(1940)7月 新花公園との境をとり去り、運動場を広げる。(紀元2600年記念事業)
昭和31年(1956) 創立85周年記念でPTAから校舎・校庭を囲む鉄柵が寄贈される。
昭和46年(1971)5月 校庭東側の新花公園を校地にする。(新花公園は校舎北側の現在地に移設する)
同年12月 開校100周年記念式典。皇太子殿下並びに妃殿下がご台臨。


さて、過去の経緯はさておき、すでに移転からも50年近く経っていますので、園内はわりと最近に大改修を受けたようです。

目玉になるのは、大きな虹とクジラが描かれたコンクリート研ぎ出しの滑り台。
園内での存在感が大きいだけでなく、大型の研ぎ出し遊具が作られることが少なくなった近年の滑り台事情の中での存在感も大きいように思います。

周りに広くラバーマットを敷いて、安全面にも配慮されています。

滑り台としての機能だけではなく、登り口はネット遊具、ラダー遊具の要素も持たせています。
またネット部分は、下に小さく開いているトンネルに出入りする子供との交錯を避ける安全上の役割もあるものです。

滑り台の下に入ってみると、そこにもカモメなんかが描かれていて、楽しい気分になります。

そして、もう一つは「遊具」と単純には呼びにくい、盛土山を活かしたスペース。
おそらく、もともとあった築山を活かして改造したものでだろうと思うのですが、シンボルツリーの周りをぐるりとラバーで舗装し、斜面部に小さな研ぎ出し滑り台やガケ登り、山上にはままごと用の家や揺れる動物遊具などを配置しています。

園内にもう一つ残された築山が、改造前の原型をとどめているのではないかと思われます。

遊具の内容からして、クジラ遊具はどちらかと言えば大きな子供、盛土山部分はもっと小さな子供の遊び場となりそうです。

ラバー舗装はクジラ遊具から一続きになっていて、幼児がちょっとしたチャレンジをしても安全な仕立てになっています。

ブランコも一般的なタイプと、バケット式の幼児向けとが並んで設置されています。

あちこちにクジラや海をイメージさせるデザインが取り入れられています。

エントランスの花壇もきれいに育てられており、学校とは分離しても、地域の方々や子供たちに愛されている雰囲気が伝わってくる新花公園でした。

(2018年1月訪問)

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