日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2017年6月5日

1495/1000 桜生史跡公園(滋賀県野洲市)

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No.1494 野洲市弥生の森歴史公園でもチラッと登場した登場した国史跡 大岩山古墳群のうち、丘陵端で国道と旧中山道に挟まれた場所にある全長50メートルの前方後円墳である天王山古墳、直径30メートル前後の円墳である円山古墳、甲山古墳の3基の古墳が整備されて史跡公園になっています。
現地にあった模型から、公園になっている部分を撮影したのが下の写真。模型のある公園入口がピンク色の■印にあたります。

公園名は、地名をとって桜生(さくらばさま)史跡公園。
じつは新幹線に乗っていると森の中に墳丘がチラッと見えることがあって、以前から気になっていたのですが、機会を得て訪れることができました。
下の写真で左が公園、右が新幹線の高架です。

史跡そのものである古墳の周りを除けば、公園全体の外観は「森」そのもので、広場になっているところはほとんどありません。

ではまず、見学施設としては一番見ごたえがあると感じた円山古墳から。
冒頭に掲載した模型からもわかるように、敷地内では一番高い尾根上に突き出るように作られています。
●現地の解説板より「円山古墳」
大岩山から北西に延びる丘陵上に位置する直径28m、高さ約8mの6世紀のはじめに造られた円墳で、墳頂は標高126.3mを測ります。
西側に入口を持つ石室は、奥に向かって天井石が1石ずつ階段状に低くなり、床も斜めに下がる約6mの通路(羨道)があります。
部屋(玄室)は、奥壁に向かって左側に袖を持ち、長さ4.3m、幅2.45m、高さ3.1mを測り、床には玉石が敷き詰められています。
玄室入口側に、長さ2.85m、幅1.43m、高さ1.83mの熊本県阿蘇凝灰岩をくり抜いた家形石棺があります。
調査により蓋の縄掛突起は長辺部に2対だけでなく、短辺部にも1対あることがわかりました。また、その奥に沿って、二上山産出の凝灰岩でつくられた印籠型の受け部を持つ組合せ式家形石棺もみつかりました。
盗掘を受けてはいたものの、石室からは約10,000点のガラス玉、鉄製冠の立飾、銀製の耳飾などの装身具類、装飾をこらした刀類、鉄矛、鉄鏃、珪甲などの武器や武具、馬具などが出土しました。
2001年3月  野洲町教育委員会


墳丘の上を横切るように見学路が通っており、墳丘の頂上から周りを見渡すことができます。

木立ちの間から南の方に見えている山が、日本最大の銅鐸が出土した大岩山だろうと思うのですが、細かいことはよくわかりません。

墳丘の西側では石室が見学できるように整備されています。

この緑の扉越しに石室内を覗くことができます。
扉に近づくと、自動的に明かりが付いて音声ガイダンスが流れ出すので、知らずに近づくと少しビックリします。

明かりが付いた状態で中を眺めたところ。
解説にはとくに何も書かれていないので、中に見える石棺も複製品ではなく1500年ほど前の実物なのでしょう。

続いて、もう一つの円墳である甲山古墳。
円山古墳と比べると墳丘が崩れ気味で危険なためか、墳丘上に登ることはできないようになっています。
●現地の解説板より「甲山古墳」
標高110mの丘陵先端につくられた6世紀前半の円墳で、直径約30m、高さ10mの規模をもち、内部には西に開口する横穴式石室があります。
整備前は、部屋(玄室)手前の天井石が落下しており、内部に大量の土砂が堆積していました。また、墳頂部も陥没し、墳丘盛土も流出しつつあり危険なことから、通路(羨道)び石組みを積み直し、墳丘盛土についても復元整備を行いました。
石室は、奥に向かって下がっている通路(羨道)があり、部屋(玄室)は、奥から見て右に袖をもち、長さ6.8m、幅2.8m、高さ3.3mの規模で、床面には玉石が敷き詰められています。
中央部には、長さ2.6m、幅1.6m、高さ約2mの熊本県宇土半島の凝灰岩でつくられた家形石棺を安置しています。
整備に伴う発掘調査によって装身具(金糸、銀製くちなし玉、空玉、碧玉製切子玉、ガラス玉)、鉄製の武具(甲冑、大刀、矛、鏃、刀子)、馬具(金銅製鏡板付轡、金銅製透彫入雲珠、馬甲)などが出土し、特に金糸や馬甲は珍しいものです。

ここも石室入口に扉があるのですが、訪れた時は開いていて、中まで入って見学することができました。

と言っても、屈んで入れるのは通路(羨道)部分まで。その奥にはやはり扉があって、格子越しに石棺の見学ができます。

それでも円山古墳よりは近くに見えるので、古墳の内部をより詳しく見ることができます。

そして最後が前方後円墳である天王山古墳。ここは墳丘上は樹木を残したままの整備になっており、グルリと墳丘を囲むように通る見学路から、外観を仰ぎ見るような格好になります。
埋葬施設が見つかっていないこともあって、「形や大きさを感じる」というスタイルでの見学ですので、二つの円墳と比べると地味な印象です。
●現地の解説板より「天王山古墳」
大岩山から甲山古墳へ続く丘陵上に、北に前方部を向けた6世紀初頭の前方後円墳です。全長50m、高さ約8m、前方部幅約25m、後円部径24mを測り、前方部の頂きが標高119.3m、後円部の頂きが標高119.2mと前方部が後円部より大きく、また、わずかに高くなっています。
大岩山古墳群中唯一の前方後円墳であり、比較的形状も良く残っているため現状保存を行うこととし、墳丘確認を目的とした地中レーダー探査と試掘調査を行いました。
その結果、後円部からは明確な埋葬施設は確認できませんでしたが、盛土内から須恵器や土師器のほか朝鮮半島の軟質土器や陶質土器器台片などが出土しました。また、自然地形を整形し墳形を整えた比較的盛土の少ない古墳であることがわかりました。
花崗岩の板石が露出していた前方部からは、西に入口を持ち全長約4.3m、部屋(玄室)の長さ約2.4m、幅約1.0m以上の、奥壁に向かって左に袖を持つ小さな横穴式石室が発見されました。
石室は板石状の花崗岩を積んで築かれており、通路(羨道)は狭く、短い構造をしています。

2001年3月   野洲市教育委員会

三つの古墳を除けば、後はこんな感じの森や谷池なので、野鳥観察などにも適している桜庭史跡公園でした。

ところで、園内の案内標識は、石棺を模したデザインの石造りのものになっているのですが、これがくるぶしより少し上くらいの位置に文字が刻まれているうえに、その文字には色が入っていないという代物です。
そもそも見づらいし、ちょっと草が茂ったら文字が隠れてしまって役に立たないので、考えた人、採用した人のセンスを疑わざるを得ません。

現場を管理する人たちにとっては、こういう後先考えずに作られたバカな物件は悩みのタネので、ここでもすぐ隣に読みやすい標識が足されていました。

でも足元の標識も見て欲しいのか、行き先よりも「足元注意」の方が目立っているところに踏ん切りが足りないような気もします(笑)

野洲市による公園紹介ページ
文化遺産オンライン 大岩山古墳群

(2017年2月訪問)

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