1182/1000 久堅公園(東京都文京区)

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久堅(ひさかた)公園は、小石川植物園、サクラ並木で有名な播磨坂、筑波大学東京キャンパスなどに囲まれた一角の住宅地の中にある小公園です。

公園名の「久堅」は、明治2年~昭和41年(1869~1966)までの町名から採られていますが、町名変更によって今は小石川5丁目になっています。
No.1181 竹早公園から200メートルほどしか離れていないのですが、その途中に「石川啄木終焉の地」があるというので、少し寄り道をしてみました。

現地の解説板より「石川啄木終焉の地 歌碑」
この地に石川啄木の住まいがありました。その家で啄木が最後に創作した歌がこの2首です。右に東京都指定旧跡「石川啄木終焉の地」の説明板、左の顕彰室に歌碑の解説等がありますのでご覧ください。
北岩手郡渋民村(現在は盛岡市内)を故郷とし、この地でその生涯を閉じた石川啄木。ゆかりの深い文京区と盛岡市では平成19年より啄木の顕彰等を通じて交流を深めてきました。
啄木の没後100年を迎えた平成24年、啄木を愛する方々による「啄木終焉の地に歌碑を」との声を受け、文京区は隣接する国有地の取得を発表。建碑に向けて検討を開始しました。
平成25年、隣接地への高齢者施設の開設にあわせて啄木歌碑と顕彰室の設置を決定。文京区石川啄木基金を設けて、広く寄附を呼びかけました。
平成27年3月、多くの方々のご協力をいただき、この歌碑が誕生しました。
碑材:姫神小桜(啄木のふるさとの山・姫神山産)
揮毫(啄木直筆原稿の左):楢崎華祥 氏

さて、それはさておき久堅公園ですが、付近は春日通(国道254号)から東にある植物園の方に向かって下りる傾斜地になっており、公園も急な坂道に面しています。

園内は「小ぢんまり」と呼ぶのがピッタリで、敷地の割には高木が多くて、まとまった広場はありません。
その高木の間をぬって遊具が置かれており、ご近所の幼児たちの遊び場としての利用がメインだと思われます。

実際、隣にある保育園とは門一つで繋がっていますので、時には園児たちの利用もあることでしょう。

そんな小公園のシンボルになっているのが、こちらのコンクリート製のすべり台。
入り口を入ってすぐの、丸い砂場の中に設置されています。

曲線の多いデザインですが、軟体動物系というほどにはグニャグニャしていません。
また、3つ開いたトンネルは穴のサイズが微妙に小さく、遊び方に迷うところです。

そのほかには2連ブランコ、2連ラッコ(ブルー&ピンク)などがあり、小さいなりに楽しめそうな久堅公園でした。

(2016年1月訪問)

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