日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2015年9月29日

1060/1000 西長堀公園(大阪市西区)

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大阪市街地の東西幹線の一つである長堀通は、近世大阪に築かれた掘割である長堀川を埋め立ててつくられた道路です。
その名を残すのが西長堀公園。資料によれば長堀川の埋め立て完了は1971年(昭和46年)、公園の開園は1976年(昭和51年)のことです。

江戸時代、この付近には土佐藩の蔵屋敷があり、土佐名産の鰹節を取引する鰹座があったそうです。このため、公園が面している交差点の名前も「鰹座橋」。もともとは長堀川に橋が架かっていました。

このあたりの解説は、公園の西側入口に解説板が立てられています。

■現地の解説板より「西長堀川と鰹座の跡」
寛永2年(1625年)開削された長堀川は、西横堀川以西を西長堀川とよばれた。
東から12橋が架けられていたが、中でも鰹座橋一帯は土佐藩蔵屋敷の広大な敷地で、土佐の産物は主としてこの辺りに陸揚げされ、材木のほかにも土佐の名産鰹節を取引きする鰹座があった。

もっとも、手元にあった2003年(平成15年)発行の大阪城天守閣の図録『特別展 浮世絵師 初代長谷川貞信が描いた幕末・明治の大阪-「水の都」の原風景-』に掲載されている『萬寿大阪細見図』(1863年(文久3年))で見てみると、鰹座は今の公園(下図で鰹座橋の右側=南側)があるところ(下図で赤囲みの「トサ」としたところ)ではなく、橋の左側=北側に描かれています。

さて現在の公園は、長堀通に沿って細長く、堀割の雰囲気を今に伝える形状です。
植栽とベンチのほかはこれと言って公園施設もなく、歩き疲れた時に少し休むくらいの使い方しかできません。

さらに、公園の西半分は、市民ボランティアの方々が種から花を育て、地域の公園や道路での緑化活動に使う「種から育てる地域の花づくり事業」のための用地として、一般利用者は立ち入れなくなっています。
とは言え、色々な公共用地を比較検討する中でここが良いと判断されたのは、もともと一般利用者が少なかったからだと思われます。

ところで、公園の南側には1958年(昭和33年)に日本住宅公団が建設した11階建の高層アパート「西長堀アパート」がそびえています。
建設当時は長堀川に面する高層建築が話題を呼び、司馬遼太郎や森光子、野村克也なども住んだことがあるとか。
さらに言えば、西長堀アパートの敷地も土佐藩蔵屋敷の一部であり、明治になってからは土佐出身で三菱グループの創業者・岩崎弥太郎が引き継いで自邸を構えた場所です。

公園そのものよりも周囲の方が面白い西長堀公園でした。

西長堀アパートについて詳しいサイト

(2015年8月訪問)

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