961/1000 千島公園(大阪市大正区)

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前回は、沖縄の埋立地にある人工的につくられた盛土の山を紹介しました(西原タッチュー)。
今回は、大阪の埋立地につくられた盛土山をもつ千島公園を訪ねます。

その山の名は「昭和山(しょうわざん)」。
1969年(昭和44年)から、大阪万博を目前に控えて進められていた地下鉄工事の残土などを積み上げてつくられた山です。これについて、大正区のHPには次のように書かれています。
「昭和44年9月に発表された『千島計画』は、区のほぼ中央、もと大正運河や貯木池のあった千島町一帯に『港の見える丘』を造るという大規模な計画でした。この人工の山は地下鉄工事の残土など、約170万立方メートル(ダンプカー57万台)の土砂で造られ、標高33mで「昭和山」と命名されました。」
もともと土地の低い大阪の中でも、いちばん海に近い大正区はゼロメートル地帯が広がっています。そんな中に高さ33メートルの小山ができたのですから、当時はかなり目立ったのではないかと思います。

公園内のグラウンド越しに昭和山を見ると、こんな感じ。小山というよりも、丘陵端の尾根のように見えます。

それもそのはずで、じつは昭和山は33メートルピークだけの独立峰ではなく、半分ほどの高さの小ピークを3つも従えた連峰なのです。登山口にはそんなことは書いていませんが。

知らずに訪れて、最初に登ったのは北側にある小ピーク。山頂は噴水になっていますが、訪れた時は停止していました。

気を取りなおして、最高峰を目指します。
最高峰へ至る登山道は、渦巻き状に3本あって、どれも緩やかに登っていきます。

登山道沿いは、梅あり、水仙あり、シュロありと、歩いて楽しい道になっていました。
道がゆっくりと湾曲しているので、少し進む度に違った景色が見えて飽きが来ません。

なかには両手にポールを持って、本格的に登っている皆さんもいました。

山頂はけっこう広く、東屋の周りを園路が巡り、その周りをサクラの樹が囲んでいます。
東屋の再塗装が少々尖った色彩になっているほかは、のんびりと落ち着ける空間です。

しかし東屋の中はまったく落ち着きません。何故にこの色、この文様。

山頂から西方向。大阪湾岸に架かる千歳橋、なみはや大橋、港大橋などが見えます。計画にあった「港の見える丘」が見事に実現しています。もう少し天気が良ければ、六甲の方までよく見えることでしょう。

反対の南東方向も。大阪と和歌山の境にある金剛・葛城の山並みが望めます。

そして山を南に下ると、ワシントンヤシ、シュロ、フェニックスなど南国風の植物を植えた一角がありました。
リトル沖縄こと大正区だからでしょうか。
この写真だけ見ていたら、真冬の大阪とは思えない光景です。

と、このように盛土山を中心にした千島公園。
地下から掘り出したトンネル残土を集めた山とは言え、できてから10年ほどで緑も成長してきていたのでしょうか、1981年(昭和56年)の時点ですでに地元の方々に「山」として認識されていたことが、園内の石碑からわかります。
こちらは「山をきれいに 緑を愛し 健康をつくろう」の碑。

大阪では天保山、茶臼山など人工の低山を愛でる習性があり、そんな方々からも愛されている千島公園と昭和山でした。

(2015年2月訪問)

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