日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2014年7月13日

727/1000 呼次松公園(滋賀県大津市)

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大津が東海道の宿場町、琵琶湖の港町として栄えていた頃、街道と港が接するこのあたりに「呼次松(よびつぎまつ)」という名木があったそうです。その名を冠しているのが、呼次松公園です。
湖岸道路と呼ばれる幹線道路に沿った細長い公園で、ざっくり15×100メートルくらいの大きさです。

細長い園内ですが、芝生敷の中にポツリポツリと遊具がほどよく並んでおり、木陰も多くて賑やかな道路沿いの割には落ち着ける公園になっています。

ベンチは石材を使ったものが多く見られますが、規格はまちまちです。
最初に載せたように、このあたりは港があった場所なので、そこで使われていた石材の再利用なのかもしれません。

そしてもう一つ気になるのは、公園に面して出入口のある住宅が多いこと。1軒2軒という例は今までも沢山見てきましたが、こちらの公園では7~8軒の住宅が公園に面しています。というか、公園に接している家は、すべて公園側に玄関があります。

なかには喫茶店もあり、お店の前には車まで停まっています。
公園敷地を通らないと、ここには辿り着かないのですが...

国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスで1946年、1961年の空中写真と比べてみると、湖岸が埋め立てられる前の1946年には公園部分は湖岸の松林で、そこを通り抜けて琵琶湖に出られるような向きに家々が建てられていたようです。
それが湖岸の埋立て、湖岸道路建設によって琵琶湖とは離れてしまい、また松林だったところが公園になり道路との間にも距離が開いてしまったことで、このように不自然な配置になってしまったようです。

しかし公園の出入り口には「車両進入禁止」の立て看板もあって、公園管理者側は苦労が絶えないようです。

■少し離れたところにある解説板より 呼次松の由来
 江戸時代、この辺りには石場の渡し場(港)があり、対岸の矢橋への船客でにぎわっていた。渡し場には、「呼次の松」とよぶ一株の老松があって船頭がこの松の根元に立って客を呼んでいたので、その名がついたというが、現在は児童公園の名称として残るだけである。

(2014年6月訪問)

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