日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2014年3月13日

613/1000 駅南第2公園(兵庫県相生市)

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JR相生駅の周囲には、北側には駅北第1~第4公園が、南側には第1(整備工事中)と第2公園があります。
そのうちの駅南第2公園。2本の道路が分かれるところにあり、角には道標が立てられています。いつ頃のものかは知りませんが、写真右側には「さいこくみち」、左側には「あこう城下みち」と書かれています。今も相生駅が山陽本線と赤穂線の分岐駅ですが、昔も西国街道と赤穂城への道の分かれになっていたようです。


そういう立地なので、公園も見事な三角形。いちばん鋭角になったところに砂場があるほかは、ほぼ広場になっています。

これではちょっと寂しいと思ったのか、2013年(平成25年)、広場の一角に「宇宙桜(そらざくら)」が植樹されました。
宇宙桜とは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の市民参加型プロジェクトの一環で、全国の著名な桜の種子を国際宇宙ステーションに持っていって、しばらく保管して宇宙線などの影響を受けた後に持ち帰り、それを発芽させて経過を観察しようという試みに基づくものです。

●参考:JAXA 宇宙航空文献情報公開システムより『花伝説・宙へ!・・・市民参加型の新しい宇宙利用方法について』(長谷川洋一ほか)

宇宙から帰ってきた桜の種は、すでに全国あちこちで発芽しており、ものによっては異常なほどの急成長をしているという噂もありますが、この公園のものは5~6年生の桜としては妥当な大きさです。
しかしこの先どうなるかはわかりませんので、見守ることが大切です。

欲を言えば、せっかくの大樹・巨木の子孫なので、将来の成長を見越して隣のお家とはもう少し離して植えて欲しかったという気もします。これでは、あと5年もすれば隣家の東向きの窓をふさぎ始めると思います。

■現地の解説板より『醍醐の桜の由来について(宇宙桜)』
所在地 岡山県真庭市別所(旧 岡山県真庭郡美川村別所)
元弘2年(1332年)後醍醐天皇が隠岐の島へ配流の砌、当所に立ち寄られ桜を眺め賞賛されたことから醍醐の桜と云い伝えられている。1000年を経た日本一の桜として天然記念物に指定された由緒ある古桜であります。この醍醐の桜の研究の為、種197粒が宇宙に旅し、2008年5月から2009年7月まで国際宇宙ステーションの日本の実験棟キボウで保管研究の為に滞在した後、168粒の種が再び日本に帰還しました。その貴重な種もほとんどが発芽せず、宇宙桜として成長したのは僅か10株のみでした。2012年2月、宇宙桜1号は多摩市に贈呈され残り9株は岡山県庁をはじめ県内の市への譲渡は決まっています。幸運というか縁があって相生市駅南第2公園に区画整理事業の記念として譲渡されることとなった貴重な宇宙桜10号です。末永く地元の皆さんのご協力とご理解頂けますよう心からお願い申し上げます。
平成25年早春
宇宙桜育成保存会 会長・涌本憲郎
副会長・宮本憲一、根田保裄
代表世話人 山岡伸一、福浦康之、松田雅子、志摩久代


失礼ながらこの解説文では趣旨がよくわからなかったので、地元紙の引用も付けておきます。

●赤穂民報 記事(2013年02月13日)「まちのシンボル」“宇宙桜”植樹へ
 樹齢推定1000年の名木「醍醐桜」の種から育った若木が相生駅南土地区画整理事業(福浦勇・審議会長)の完成を記念して同市陸本町の「相生駅前第2公園」に植樹される。
 国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」から地球に帰還した種子を発芽させたもので、「未来へ向けた新たなまちづくりのシンボルにふさわしい」と市民有志が育成保存会を結成。2月17日(日)に植樹式を行う。
 岡山県真庭市別所(旧美川村別所)にある「醍醐桜」は樹高18メートル、根元の幹周9.2メートル、枝張り直径20メートルのエドヒガンで県天然記念物。元弘2年(1332)に隠岐へ流される途中の後醍醐天皇が賞賛したことから呼ばれるようになったと言い伝えられている。全国13カ所から桜の名木の種子を集めて宇宙へ送った「花伝説プロジェクト」に選ばれ、種子197粒をISSに8カ月半保管。国際天文年の平成21年7月に宇宙飛行士の若田光一さんとともに地球へ戻った。桜栽培歴40年の氏平薫明さん(75)=同県美咲町西垪和=が世話した7本をはじめ計10本の幼木が育ち、“宇宙桜(そらざくら)”と名付けられた。
 旧美川村は福浦さん(86)の先祖代々が暮らした地。“宇宙桜”は県庁や市役所などに植えられて残り1本だけとなっていたが、「百年先、千年先まで続くまちの宝にしたい」と懇願する福浦さんの熱意に打たれたNPO「醍醐桜未来プロジェクト」(春木基男理事長)が“虎の子”の一本を提供した。
 「貴重な桜を譲っていただき、涙が出るほどありがたい」と福浦さん。「醍醐桜と同じような立派な名木になるように、大切に守り育てたい」と誓っている。
 後醍醐天皇は隠岐へ向かう途中、相生にも立ち寄ったと伝えられている。植樹式には帝の休息を世話した功で苗字を賜ったという若狭野町下土井の御門家からも子孫が出席する予定だ。


(2014年1月訪問)

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