日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2013年7月18日

403/1000 馬陵公園(福島県相馬市)

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馬陵公園は、江戸時代の相馬中村藩の藩庁であった中村城(相馬中村城;別名・馬陵城)跡を公園としたもので、日本の歴史公園100選に選ばれています。

城内にあった「中村城見取り図」と現在の公園を見比べてみると(案内図の前にツツジが茂ってよく見えないのですが)、本丸、東西南北の各二の丸が公園となっているほか、公園にはなっていない三の丸、内堀なども比較的よく形を残していることがわかります。
馬陵公園(福島県相馬市)

例えばこちらは内堀越しに東二の丸(現在は野球場)。
相馬は南東北の太平洋側なので、東北でも比較的暖かい地域なのですが、訪れた時は冷え込んだ雪の日の翌日でお堀には氷が張っていました。
馬陵公園(福島県相馬市)

城の南側の堀は埋め立てられて広場になっていますが、形状はよく残っています。
この日は雪が残る中、グラウンドゴルフをする人たちが集まっていました。
馬陵公園(福島県相馬市)

こちらは南二の丸(現在は多目的広場)から本丸を見上げたところ。
この丘が「馬陵」という理解でよいのでしょうか。
馬陵公園(福島県相馬市)

本丸跡には、明治時代に創建された相馬神社があり、公園とはいいながら参道としての色合いが濃くなっています。
馬陵公園(福島県相馬市)
馬陵公園(福島県相馬市)

ところで、本丸にあたる丘の斜面には大小の横穴が開いています。大きなものはコンクリートで塞がれていますが(上の赤い橋の写真の右方)、小さなものはこのように開いたままです。
現地では案内板などが見当たらなかったため正確なことがわからないのですが、おそらく古墳時代の横穴墓だと思われます。ネット資料によれば「中村城本丸横穴群」という遺跡があるようなので、これにあたるのでしょう。
馬陵公園(福島県相馬市)

ところで、お殿様は相馬氏、お城は馬陵、名物は野馬追ということで、いったいどれが先なのかよくわかりませんが、とても馬が大切にされています。
江戸時代に城内に勧請されたお社は、今も相馬中村神社(先ほどの相馬神社とは別物)として残っており、これが相馬野馬追の拠点の一つとなります。そのため狛犬よりも先に神馬、参道の手すりには馬の飾り物、参道脇には馬場といった塩梅で、とにかく馬です。
馬陵公園(福島県相馬市)
馬陵公園(福島県相馬市)
馬陵公園(福島県相馬市)

大手門を入ったところには、古い中央公園(まちを代表する公園)で見かける明治~戦前の町の偉人達の顕彰碑が並びます。
馬陵公園(福島県相馬市)

左は相馬胤真、藩主の一門であった相馬将監家の当主として明治時代に生きた人物だということですが、ここでは大坪當流という馬術の先生として顕彰されています。
旧日本陸軍でも、昭和初期までは戦力としての騎兵隊が存在していましたので、そうした部隊・軍人の指導に当たっていたようです。
馬陵公園(福島県相馬市)

中央は相馬市出身で戦後まもなくに国会議員を務めた鈴木直人の胸像。
田中真紀子さんの夫・田中直紀議員の実父です。
馬陵公園(福島県相馬市)

右は碑銘は篆書体、碑文は漢文で上手に読めないのですが、羽根田永晴君碑ということになっています。この羽根田永晴についてはネット情報が少ないのですが、相馬藩士の家に生まれて戊辰戦争に参じ、明治初期には自由民権運動に身を投じて1883年(明治16年)に亡くなった人物であるようです。
馬陵公園(福島県相馬市)

こうした、その碑を見なければまず知ることも無かったであろう人たちに出会えるのも、公園の楽しみ方の一つです。

日本の都市公園100選&歴史公園100選
(2013年1月訪問)

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