57/1000 重箱緑地(鳥取県鳥取市)

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鳥取県の東部に、千代川という大きな川が流れています。
最下流部にあたる鳥取市内では、大正期に河道、昭和に入って河口の付け替えがおこなわれており、1983年から現在の形になっています。

で、その旧河道の一部が沼地のような状態で残っていたのですが、そこに流れ込む袋川、狐川といった小河川が氾濫しやすいということで、最近になって大雨の際に水を逃がす遊水池として整備されました。その遊水池の普段使いのためにつくられた公園が「重箱緑地」です。

下の図で赤線が江戸時代の河道、青アミが重箱緑地です。
重箱というのはよく分かりませんが、「江戸時代の河川改修でつくられた石積みが重箱に見えた」ので、この辺の沼を重箱と呼んだという説があるようです。
Google+アルバムの編集機能にて作画

公園は大きく3つのブロックに分かれます。
一番南が多目的広場のブロック。
最近水を貯めたというわけでもないと思うのですが、もともと水捌けの条件が悪いせいか、広場の路面は荒れ気味です。
グラウンド部分に水たまりができやすくなっています

中央が遊具広場のブロック。
ほぼ一つの複合遊具があるだけなのですが、それがかなり大きいので、一番の人気スポットになっています。
子供は一度上ったらなかなか下りてこないことでしょう

北側は沼地の環境を活かした自然寄りのブロック。
野鳥を観察するための観察小屋のようなものも設置されています。
ただし窓の向こうは整備したての植栽地で、まだ野鳥が集まる雰囲気にはなっていませんでした。
この窓の形は!

...と、この観察小屋の窓の形を見て、ピンと来ました。お城の壁にある「狭間(さま)」ですね。城の中から矢や鉄砲を撃つための穴です。
なぜそんな形をしているのか、と考えると、実はこの重箱緑地のあたりは戦国時代の合戦場なのです。

羽柴秀吉が毛利方の吉川経家が籠もる鳥取城を攻めた際、鳥取城から北西に延びる尾根上に、雁金山城、丸山城という出城がありました。
毛利方の補給船が千代川の河口から入り、この丸山城からのラインで鳥取城に兵糧を運び込もうとするので、河口付近で何度か大きな戦闘がおこなわれています。結果、河口の制海権は羽柴方に渡り、雁金山城も落とされたことで鳥取城は孤立し、ついに開城に至るのです。
鳥取城の攻防は、あまり派手な戦闘のない籠城戦だったため、河口付近の戦いと、雁金山城の戦いは特筆されるものです。

改めてこの観察小屋のあたりに立ってみると、目の前に丸山城、奥に鳥取城、さらに奥には秀吉が陣を置いた本陣山が一望できます。
今の鳥取城跡に行くよりも、この重箱緑地に来た方が、秀吉の鳥取城攻めの姿は掴みやすいのではないかとさえ思います。
手前の大きいのが丸山、中央の尖っているのが鳥取城

しかし現地には、この合戦について触れられた案内板などはないため、地元の有志の方が手弁当で解説をおこなっていました。上の写真の幟も、この方が自前で揃えたものだそうです。

公園管理の立場からすると、こういう方は大歓迎。「勝手なことばっかりして!」と怒るよりも、仲良くしてもっともっとやってもらった方が良いと思います。
お手製の移動解説板で色々教えてくださいました

鳥取市による紹介ページ

(2012年5月訪問)

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