公園名としては「リデルライト」とひと続きに書くのですが、本当は、リデルさん・ライトさんという2人の人物に関係するリデルライト公園。近くにある記念館は「リデル、ライト両女史記念館」と言います。
イギリス出身のハンナ・リデル(Hannah Riddell;1855-1932)は、1891年(明治24年)に英国国教会の宣教師として来日、熊本で活動する中でハンセン病患者と出会い、その救済に力を注ぐようになります。本国や日本の教会、政財界などからの寄附を募り、1895年(明治28年)に私設のハンセン病療養所「回春病院」を設立します。
その姪にあたるエダ・ハンナ・ライト(Ada Hannah Wright;1870-1950)は、回春病院でリデルと共に働き、その死後は院長となりますが、第2次世界大戦の日英開戦の影響で病院は経営困難となって閉鎖、ライトも国外退去を余儀なくされます。しかし戦後は熊本に戻り、1950年(昭和25年)に亡くなるまで、再び患者たちを支援して過ごしました。
ちなみに回春病院の閉鎖時に、患者たちはNo.600で登場した菊池恵楓園の前身である九州癩療養所に移されたそうです。
さて、詳しいところは本ブログの趣旨ではないので省略して、現在も病院跡で活動を続けている社会福祉法人リデルライトホームから東へ150メートルほど離れた住宅地の中に、リデルライト公園があります。
昭和はじめ頃の地図で見ると、当時の病院敷地はこの公園付近まで広がっていたように見えるので、そんなこともあって、この公園名なのだろうと思います。
立地的には、山裾の静かな住宅地にある約2,500平米の小公園で、周りが坂道ばかりの中、園内は全体が平坦に造成されています。
イチョウやクスノキの大木が目立つ下に、4連ブランコや小さな複合遊具、シーソーなどがある遊び場型の小公園で、周りに飛び出しようがないので、幼児の遊びにも気を使うところが少ないと思います。
大木の下にあるので、比べると小さく見えますが、複合遊具はウェーブ滑り台にラダーや登攀壁などを組み合わせたもので、街区公園に置くには十分なサイズです。
遊具の中でもシーソーはとくに新しいので、近年に入れ替えられたのでしょう。
トイレがあり、ベンチも多いので、色々と使い勝手が良さそうです。
大木の切株も面白いリデルライト公園でした。
(2026年8月訪問)









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