江戸時代、現在の品川駅から目黒駅にかけての一帯は、武蔵野台地が海に突き出していく突先がいくつかの丘陵地になっており、そうした高台は眺望・行楽の名所としてそれぞれに名前が付けられていました。
そのうちのひとつが「八ツ山」で、現在の高輪4丁目あたりだそうなのですが、品川区の八ツ山公園は、その山から見れば山裾も極まる、昭和の中頃までは運河沿いだった低地にある小公園です。
そもそも、この付近は目黒川の河口部にあたり、大正の終わりから昭和初期にかけて、目黒川の河川改修と、河口地先の埋立てが併せて行なわれたことで生み出された土地です。つまり山ではない。
しかし、元々の地形としての八ツ山が江戸末期以降に切り崩されてよくわからなくなっているうちに、町名としての八ツ山がじわじわと海辺の方まで移動してきている模様です。
さて園内。品川インターシティから渡ってくる歩道橋の横の、この1枚でほぼ収まってしまう範囲が八ツ山公園で、公園施設は園路、というか園路がほぼ全て。園路の横にパーゴラやベンチ、植栽があるというスタイルです。
資料によれば面積は約460㎡あるのですが、奥に見えるお社部分も入れないとその面積にはなりません。
赤い鳥居に、豊川吒枳尼真天の文字。愛知県の豊川稲荷を勧請したお社のようです。
付近は時代ごとに少しずつ埋め立てられて陸地が広がっているのですが、ここは昭和初期から戦後しばらくまでは、ちょうど運河を眺める角地だったので、商売繁盛・家内安全などを祈って建てられたのでしょう。
(2025年12月訪問)





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