東京の著名ホテルであるホテルオークラ。1962年(昭和37年)に開業した初代本館は、本来なら法規制によりホテルは建てられない用地にあったのですが、1964年の東京オリンピックを目当てに、特例的に建築・営業が許可されたものでした。
そして2019年(令和元年)に、この本館が同じ場所で超高層に建替られたのですが、この時も東京都・港区の特例的な制度(公園まちづくり制度)が適用されて、建物の周りに都市公園と公開緑地を整備すれば建替えが認められることになって、生み出されたのが江戸見坂公園です。
■現地の案内より「江戸見坂」
江戸の中心部に市街がひらけて以来、その大半を眺望することができたために名づけられた坂である
「江戸にあるのに江戸見坂」というのが少し不思議な気がして、国土地理院の電子国土Webで標高地形図を作成し、江戸見坂にマーカーを置いてみました。
こうすると、西から伸びてきた台地東端にあたり、その先に江戸の中心市街地である新橋、八重洲、京橋あたりが一望できる場所だということがわかります。それならば江戸見坂でも納得。
いまは建て込んでおり、100m先の虎ノ門ヒルズくらいしか見えないのは御愛嬌。
さて、本題の江戸見坂公園。
ホテル敷地内の緑地と一体化しているのでわかりにくいのですが、建物東側の、江戸見坂に面した三角地が公園敷地にあたります。下写真で言うと、右端の木デッキ風の仕上げになってベンチがある部分で歩道と程よく切り分けて、公園内へ自然と寄り付きやすく仕上げています。
この坂上の一角に、「中国同盟会発祥の地」碑がありました。
見たところは古そうなのですが、横に「2019年にホテルオークラが建てた」と書かれているので、建替時に導入されたもののようです。
■現地の解説板より「中国同盟会発祥の地」
1905年8月20日大倉喜八郎邸すなわち此地、現ホテルオークラにおいて、孫文を総理とする中国同盟会が結成された。その後、中国同盟会が母体となった辛亥革命により、1912年、アジア史上初の共和国家、中華民国が誕生した。その意義を称え、同時に末永い日中友好を期して記念碑を建立する
園内で平坦なのは、この碑文前のわずかな部分だけなので、ここに災害時用のマンホールトイレが仕込まれています。
すぐ横のホテルも最新鋭の建物なので、災害時にも使えるトイレくらいは仕込んでありそうですが、とは言え、備えあれば憂い無しです。
坂道に沿ってだんだん下がっていくのですが、進行方向に合わせて見下ろしていると写真が変わり映えしないので、時々振り返って、見上げる角度の写真にします。
このあたりでは、坂道の路面と建物敷地とに高低差が出てきて、少し複雑な斜面処理になってきますが、生じてしまう斜面をうまく緑化することで緑化ボリュームを上手に出しています。
ここなどは、以前は旧ホテル建物があったはずなので、斜面を造成しなおした上で、かなりの本数の高木を持ち込んで林を作っているものと思われます。斜面地を上手に使ったことで、園路を歩いていると、緑視率(人の視界に占める緑の割合)がほぼ100%のように感じます。
高木だけでなく、地被類も大量に投入されて、ほぼ地面が見えなくなっています。
最近の東京都心の緑化では、屋上・壁面緑化の事例が多いのですが、ここは本筋である地上部の緑化で頑張っていることがハッキリとわかります。











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