3648/1000 上杉公園(仙台市青葉区)

2024/06/08

宮城県 巨樹巨木 身近な公園 仙台市青葉区 日時計

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さて、江戸時代初期、仙台城下の北の方、現在の台原あたりに藩が植林を進めた杉山があったそうで、付いた呼び名は杉山台。なので、そこに通じる道が杉山通。
ところが、やがて城下町が広がり、町外れだった杉山通付近も武家の屋敷地として開発されます。すると道路も増えて、お城に近い上手から上杉山通、中杉山通、杉山通となります。
このうち上杉山通の省略形から、現町名の上杉(かみすぎ)が生まれます。よって上杉謙信とは何の関係もありません。

現在は仙台駅から北へ、歩いても15分程度。住宅が多い中に、ところどころに業務ビルや高層マンションなどもあり、利便性の高そうな街になっています。
そんな上杉にあるのが、上杉公園です。

隣には会議室や軽スポーツ室などが入る3階建てのコミュニティセンターがあり、公園と一体的になることで、色々な形で地域の皆さんが集まれる場所になっている様子がうかがえます。

園内は、このコミュニティセンターの部分が抜けた鍵型をしており、そこを間に高木植栽を入れて、3つの四角いブロックに区切るような土地利用をしています。

南端のブロックは、比較的最近に再整備されたようで、全体的に真新しい雰囲気があります。
しかし、施設として新設したのは園路舗装くらいのように見受けられ、上の樹木案内図と見比べると、建物との間や道路との境界部に植えられていた中高木を思い切って減らしたくらいの再整備のようです。

あえて言えば、日時計、記念碑などがまとめて設置されているので、園内のほかの場所にあったものをこちら側に集めて、見学などをしやすくしたのかも知れません。

こちらは「東北中学校開校の地」碑。私立東北中学校は、現在の東北高校ですので、ダルビッシュ有、荒川静香、羽生結弦などの出身校として有名なところです。

■碑文より
明治27年9月3日創立された本校の前身である「仙台数学院」が、同31年7月1日、この地に新築移転した。同33年2月24日、私立東北中学校の創立となり、昭和4年7月に仙台市原町小田原南光沢57番地へ新築移転した。

旧町名の記念碑。
碑文から江戸時代の北一番丁のことはわかりましたが、急に東北農政局の話が出てくるので混乱します。
全国に地方農政局という組織が置かれたのは戦後しばらく経ってからのことですので、上の東北中学校の件と合わせると、「江戸時代の屋敷町→明治~昭和初期の学校(戦中戦後は不明)~昭和中期の農政局~昭和後期から公園」という土地利用の変遷が読み取れます。

■碑文より「北一番丁」
広瀬川崖上の支倉町から東に真直ぐに1キロ余、宮町に至る侍丁である。最初二日町以西、次いで二本杉通まで、東照宮がでると(※原文ママ)宮町まで延長された。
幅五間四尺の大通りで、大身や中堅武士が多く住んでいた。この場所には東北農政局があった。

少し進んで、北東側の遊具広場。こちらも遊具は真新しいものに入れ替えられており、また道路境界側の樹木はかなり減らされて、見通しが良くなっています。

しかし、敷地中央に植えられたプラタナスは、この公園のシンボルとして、大きくのびのびと枝葉を伸ばしています。横にある照明灯と比べてもゆうに3倍以上の高さがあるので、30メートル級と呼んで差し支えないでしょう。

樹木については「選択と集中」が図られている上杉公園でした。

(2023年12月訪問)

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