2018年6月3日

1803/1000 六月一丁目公園(東京都足立区)

東京都足立区の町・六月(ろくがつ)。
一風変わった地名なだけに、今ひとつアテにならない地名由来が伝わっています。


■別の公園にあった地名由来の案内より「六月町の由来」
後冷泉天皇の御代(1045~1067)に奥州の安倍氏が反乱を起こしました。(前九年の役)
討伐を命ぜられた源頼義は、その子義家を供ない(※転記原文ママ)奥州に向かう途中、この地に通りかかったところ、安倍氏に味方した野武士に攻められました。
不意のことで大変苦戦している時、源氏の守り神である、鶴ヶ岡八幡宮に、戦勝を祈願しました。すると、劣勢であった戦に大勝することができました。
この戦が旧暦の六月だったので、この村を六月村と呼びました。
「風土記稿」より

とは言え、肝心の鶴岡八幡宮のサイトの御由緒に、
当宮は康平6年(1063)源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、源氏の氏神として出陣に際してご加護を祈願した京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まりです。
とあるので、奥州に向かう途中にはまだ鶴岡八幡宮は無かったはずなのですが、まぁ八幡神に祈ったということで理解しておきましょう。

それはさておき、そんな六月の一丁目にある六月一丁目公園は、やや混み合った住宅地の中で、細い街路を繋いで通り抜けられるような配置にある細長い公園です。

敷地の北半分は草芝敷きの広場になっているのですが、通り抜けルート部分が「道」として踏み固められているので、草芝部分は狭めです。

南半分は、おそらく始めから草芝は敷かれていない土の広場。
その一角に、小さめの滑り台とシーソーが1基だけ置かれています。

全体的に細長く、両側は住宅に挟まれているため、小学生が元気に走り回るというよりは、幼児がおとなしく遊ぶような使い方がイメージされる六月一丁目公園でした。

(2018年2月訪問)


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