日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2015年3月7日

949/1000 あだん児童公園(沖縄県宜野湾市)

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宜野湾市真志喜にある区画整理地の小公園を訪ねるシリーズ。今日は、あだん児童公園です。
園名板の後ろに植えられているのは、アダンではなくビロウでしょうか。

公園の入口付近には遺跡関係の解説・案内が設置されています。
区画整理事業の際に発掘調査された近隣の遺跡の紹介と、中でも「安座真原第一遺跡」を取りあげた解説があります。が、「この公園が第一遺跡です」とは書かれていないので、今まで経験したパターンからすると、遺跡自体は近隣の別の場所にあり、設置しやすい公園内に解説板を置いたものだと思われます。

■現地の解説板より 「原始の埋葬墓遺跡 真志喜安座真原第一遺跡」
安座真原第一遺跡は、沖縄諸島の原始の墓式と葬法を知る代表的な遺跡です。遺跡は海場を前にする崖下の砂地に形成された墓域です。墓域からは貝塚時代前期からの後期(約3500~2000年前)におよぶ県下最多の43基の墓が検出されました。
墓の造りは土壙墓・配石墓・石囲墓・置石墓・盛土墓・石棺墓・土器棺墓・集骨葬墓があり、一つの墓に一人を葬るものです。葬り方は、一度の遺体処理で済ます一次葬と複数回の処理を行う再葬があります。墓は幾つかのグループに分かれ、頭をほぼ東に向けて規則正しく並んでいます。
本遺跡から出土した60体もの人骨は「南島基層タイプ」の指標とされ、一体だけは遠く「北部九州・山口タイプ」の特徴を持つ人骨があります。


■現地の解説板より 「過去からのメッセージ “ぢゃな”の文化財」
平成元年に区画整理工事が完了した真志喜地区には13ヵ所の遺跡がありました。
宜野湾市教育委員会では足かけ6年におよぶ発掘調査を行い、それぞれの遺跡から県下でも重要な成果をあげました。沖縄諸島の葬墓制を解明した安座真原第一遺跡、竪穴住居が寄り集う原始集落跡の同第二遺跡、石鏃の製作址である大川原第三遺跡、高床倉庫を持つ古代集落跡の石川第一遺跡などです。
かつて、大山-真志喜-大謝名は“ぢゃな”と呼ばれ、土地は肥沃で海山の幸に恵まれた地域でした。そのためか一帯には、国指定史跡「大山貝塚」、県指定名勝「森の川」、市指定史跡「大謝名メーヌカー」、歴史に名高い中山王“察度(さっと)”の居館跡「黄金宮(クガニナー)」など、数多くの文化財があります。

さて、本ブログでは沖縄の区画整理公園にありがちな「巨大コンクリート遊具一本勝負」の姿勢を楽しみにしているのですが、この公園はそのカテゴリに入れて良いのか少し迷いました。

なにしろ、巨大なコンクリート製の樹が「三本」そびえているのです!

公園名はアダンですが、縦スジがくっきりと入って太い樹の姿はアダンではなさそうです。
それにしても、擬木っぽく丁寧につくってあるものです。

大きな砂場の中にそびえる三本の樹は、それぞれが滑り台やブランコを備えたタワーになっていますが、吊り橋やトンネルで接続されており、互いに行き来することができます。

もっとも、トンネルは一部にすごく浅くなっている箇所があり、子供でも本当に通り抜けられるのか怪しいところもあります。設置後に沈降したのかも知れません。

少し離れて見てみると、本物の樹に紛れて見える?

それだけではなく、東屋や水飲み場も樹木風に擬装しており、コンセプトが徹底されている中で、手前の揺れる乗り物だけが浮いているのが惜しかった!

(2015年1月訪問)

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