日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2014年2月14日

593/1000 バレンタイン広場(神戸市東灘区)

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阪神・御影駅は灘五郷の酒蔵などに近く、以前は下町の色合いの濃い駅でしたが、駅北にあった工業高校が移転してショッピングモールやタワーマンションとして再開発され、あわせて駅も改修されて雰囲気が変わりました。

続いて駅南の雰囲気も変えようということなのか、2013年(平成25年)、それまでクスノキこそ繁っているものの乱雑な自転車置き場として使われていた駅前広場が、すっきりきれいな「バレンタイン広場」として再整備されました。
もともとは、近くに本社がある洋菓子メーカーのモロゾフが日本で最初にバレンタインチョコレートを発売したことから、バレンタインデーの元祖であるイタリアの聖バレンチノ教会やその所在地であるテルニ市と交流を続けており、その流れで駅前再整備にあわせてバレンタイン広場を作ろうという話になったようです。
ちなみに御影駅には灘の酒造りゆかりの宮水「沢之井」もありますので、甘党、辛党、どちらにも楽しめるようになっています。

広場と言っても、これでだいたい全景。それほど広いものではありません。
でも待ち合わせや、ちょっとした物販イベント、地域行事などをおこなうには適当な広さでしょう。

駅を出てすぐのところには、モニュメントが2つ。
1つはテルニ市のシンボルである教会の聖堂やステンドグラスを模したもの、もう一つは教会の柱を模したものです。
聖堂のモニュメントの方には、ジローラモ・テルニ市長のコメントも刻まれています。

●現地の解説板より「バレンタインチョコ発祥の地」
  イタリア・テルニ市には聖バレンチノ教会があり、この街からバレンタインデーは世界中に広まりました。一方、神戸市は、日本におけるバレンタインデー発祥の地です。このことから両市は1986年から交流を始め、この度、当地にテルニ市が認めた「バレンタイン」の名を付けた広場ができることを大変嬉しく思い ます。

 スイーツの街である神戸・御影にあるこの広場を訪問された方々がバレンタインデーの意義やテルニ市を想い、テルニ市と神戸市の友好交流がますます盛んになるよう期待しています。

2013年5月 テルニ市長 レオポルド・ディ・ジローラモ

カップルの方は、こちらの柱のモニュメントのハートマークから手を入れて、中で手を繋ぐと良いそうです。

読売新聞記事-愛を誓う「バレンタイン広場」完成(2013.05.04)
 兵庫県神戸市東灘区の阪神御影駅南側に、日本の「バレンタインデー(2月14日)発祥の地」を記念した「バレンタイン広場」が完成し、3日、カップルが手をつないで愛を誓うことができるモニュメントが披露された。
 新名所の誕生に、関係者は「スイーツの街・神戸にふさわしい。〈恋人たちの聖地〉として街のシンボルになってくれれば」と期待した。
 近くに本店を置く洋菓子店「モロゾフ」が、1936年2月12日に東京で発行されていた英字新聞に、バレンタインデーにチョコレートを贈りましょうとの広告を出したことから、神戸市が国内の「発祥地」とされる。一方、イタリア中部のテルニ市にはバレンタインデーの由来となった聖バレンチノ教会があり、神戸市は発祥地の縁から、テルニ市と86年から交流している。
 同広場は市の所有地で500平方メートル。以前は、駐輪場(270台収容)だったが、近くの商業施設に分散移転した。市は1月から約5500万円をかけて整備。階段状の御影石に囲まれた広場の中央部にはテルニ市の位置を示す陶板を埋め込んだ。
 モニュメント2基も設置。高さ約1.9メートルで、聖バレンチノ教会やステンドグラスの写真を貼り付け、教会をイメージしたものと、同1.3メートルで 教会の柱を模したもの。上部をハート形にくりぬき、中でカップルが手をつないでもらえるようにした。いずれもチョコレート色とこだわった。
◇「街のシンボル」に
 式典では、神戸市の矢田立郎市長とテルニ市から招待されたレオポルド・ディ・ジローラモ市長らがモニュメントを除幕。矢田市長は「市民に愛され、街のシンボルになってくれれば」とあいさつした。

 御影地区まちづくり協議会会長の藤沢福男さん(93)は「これまで駐輪場があって雑然としていたが、若い人たちがたくさん訪れてくれるような場所になるよう支援したい」と話した。(畑中俊)

広場の中央にはテルニ市の地図。ローマの北70キロくらいのところにあるそうです。

バス停もハートマークになり、柱などがチョコレート風に装飾されています。
ここでバスを待つのは小っ恥ずかしい感じもしますが、やるならば徹底するというのは悪いことではありません。

バス停の横には、大正時代の道標も保存されています。まぁこれは現地保存のようなので、バレンタインとは関係なく。

ところで、これもバレンタイン広場には関係ないのですが、御影駅の高架下を西に50メートルほど離れたところに「沢之井」と呼ばれる自噴泉があります。澄んだ泉に神功皇后のお姿が美しく映ったので、このあたりは「御影」になったという地名伝承由来の泉であり、灘の酒造業ゆかりの地でもあります。
この泉の横に石碑が建てられているのですが、いつの頃からか、誰の手によるものなのか、下の引用文の××部分がセメントか何かで塗りつぶされています。
碑文自体が戦前の『御影町史』 からの引用文のようなので、××には「三韓遠征」とか「新羅征伐」とか、受け取る方によっては刺激の強い用語が入っていたと思われます。

なんと言いましょうか、国際交流の明るいところと暗いところを両方見せてくれる阪神御影駅です。

●沢の井の由来
 神功皇后芦屋の浜辺より××××(転記注釈:塗りつぶし箇所)の御船をお出しになられた時、住吉大神を歓請せられて征途の平安をお祈りになった後、がいせんご参拝の際、この泉の水をお化粧に召されたのに皇后の御姿あざやかにうつしだされた。これが御影の名の起源だといい伝えられている。

 その後いつのころか この霊泉を沢の井と称し、里人がくむようになった。

 後醍醐天皇の御時、この泉の水で美酒を醸しこれを献上した。天皇深くご嘉納あらせられたので無情の栄誉とし、嘉納をもって氏族の名としたと伝えられている。
いまもなおこの泉は絶えることなく清澄の水こんこんとしてわき、永遠にかれぬ霊泉である。
●副碑
 沢の井の池は昔の自然のままのものから昭和10年代 第2次世界大戦中に防火用水池として造りかえられた。

 平成7年1月17日、阪神淡路大震災により決壊したため、現役員に依り現状に改修したものである。

平成9年5月吉日

(2014年1月訪問)

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