三田綱町(みた・つなまち)は、現在の三田2丁目あたりの旧町名で、明治始めから1967年(昭和42年)の住居表示実施まで使われていました。“綱”は、頼光四天王の一人・渡辺綱がこのあたりで生まれたという伝承から採られたものだそうです。
江戸時代は大名屋敷、明治になってからはその跡地に元勲や財界人たちの屋敷、現在は慶応義塾や各国の大使館などが並ぶ一角に、三田綱町児童遊園があります。
500平米ほどの小さな敷地ですが、2方向で道路に接していてよく目立つ場所にあり、街区間の通り抜けにも適しているので、かなり利用者は多いように感じられます。
案内板にも描かれた「遊具」は、幼児サイズの小ぶりな複合遊具。赤い舌をべろ~んと伸ばしたような滑り台が印象的です。
「スプリング遊具」と書かれていますが、実際はリンク機構で前後に揺れるので、スプリングは使われていないトリ型4。
砂場は、まぁ砂場ですね。周りに結構な量の砂が散らばっていて、砂地に砂場を作ったような状態になっていました。
この日は年末で、地区の夜回りのためのテントが建てられていた三田綱町児童遊園でした。
(2025年12月訪問)







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