No.4179 天王山北公園にある天王山古墳群の解説板では、5号墳と6号墳は住宅の中に描かれていたので、「調査はしたけれど、開発の都合で保存できなかったんだな」と思いつつ、すぐ近くの天王山東公園へ行ったら、そこに5号墳が移設保存されていました。
知らずに行ったので、2つの公園の間にある大歳神社を経由して、天王山東公園の下側から上がっていきます。要塞のような擁壁で、宅地造成のダイナミックさが感じられます。
階段を上っていくと、小さな段が築かれていて、ここに滑り台とベンチ、サクラ植樹などがあります。
ここからさらに擁壁があって、その上にブランコが見えるので、上っていきます。
この段は、施設は2連ブランコだけ。
小段の端まで行って眺めてみれば、遠くに明石海峡大橋の主塔が見えるのですが、No.4179からは30メートルくらい低い位置ですし、住宅も近いので、それほどの眺望でもありません。
さて、滑り台の段に戻って、奥の方の木立の中に休憩所と、さらに先に繋がっていそうな階段が見えたので、そちらに行ってみました。
すると、そこに天王山古墳5号墳(方墳)が移設保存されていたのです。
■現地の解説板より「天王山5号墳」
伊川右岸中流域の天王山から薬師山には、古墳時代前期(3~4世紀)と古墳時代後期(6世紀)の古墳が尾根上に並ぶように造られました。これらのうち最も古い古墳は天王山4号墳で、古墳時代初頭の3世紀中ごろに造られた方墳です。
天王山4号墳の尾根続きの南側、標高70mの地点に天王山5号墳は造られています。ふもとの平地との比高は35mあります。一辺20mの方墳で、埋葬施設は、東西に並ぶ長さ5mを超える長大な割竹形木棺3基と、その南側に凝灰質砂岩製で石枕をもつ組み合わせ式箱式石棺がありました。盗掘を受けていましたが、残っていた副葬品には、鉄剣・針状鉄器・ガラス玉などがあります。
副葬品や古墳に供えられていた壺形土器などから、4号墳に続く前期前葉、3世紀後葉に築造されたものと考えられます。
5号墳の次には谷をはさんで南側に位置する薬師山に、全長56mの前方後円墳白水瓢塚古墳が古墳時代前期中葉、4世紀初めごろに築かれます。天王山5号墳は、もともと現在の場所から北西に50mの場所にありました。宅地造成によって、現地での保存ができなかったため、4基の埋葬施設を切り取り、現在の位置まで移動して埋設保存しています。なお、ベンチの位置は古墳の埋葬施設の配置と同じになっています。(神戸市教育委員会/協力 三和ホーム(株))
No.4179の1~4号墳のような現地保存が基本ではあるのですが、このような形で移設・復元保存してある方が、方墳としての形などがイメージしやすく、わかりやすいのも事実です。
ただ、解説板に「埋葬施設の移設保存だ」と書かれているように、墳丘の形は「一辺20m」よりは少し小さいように思いました。
墳丘上には、これだけを見れば不自然な形でベンチが並んでいますが、古墳の埋葬施設の位置や大きさに合わせて置かれたものです。
解説板の写真と見比べると、よく分かります。
意外な場所に意外なものが隠れていた天王山東公園でした。
(2025年10月訪問)













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