4142/1000 与座児童公園(沖縄県糸満市)

2026/01/12

沖縄県 糸満市 身近な公園

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糸満市与座(ヨザ)の集落は、少し高台で古くからあった部分を「上与座」、そこから400~500メートルほど離れて戦後に大きく広がった「下与座」とに大別できます。
No.4141 与座川公園は上与座にあり、本日の与座児童公園は下与座にあります。

地区の中でも幾分標高が高いところにあり、道路沿いの一番見晴らしの良い場所に休憩所が、そこから一段下がったところに草敷きの広場が設けられています。

広場の中には、幅広の滑り台を2つも備えた複合遊具があります。
周りには色鮮やかなラバーマットが敷かれて、比較的新しいものです。


複合遊具の滑り台は、幅広&少し角度が急なもの。滑り出しの時のスピード感があるので、フリーフォール型などと呼んだりします。

遊具はそれだけなのですが、大きな休憩所もあるので、少し遊んでは日陰で休んで、ご近所の子供たちが楽しむ分には十分な内容です。

ところで、公園を出て南の方へと歩いてく途中で、こんなものを見つけました。
コンクリート製の構造物で、何かのタンクか、少し背の高い建物基壇のように見えますが、解説板を読むと、製糖工場の糖蜜タンクだったようです。

■現地の解説板より「高嶺製糖工場跡」

高嶺製糖工場は、大正元(1912)年に建設された沖縄初の機械製糖工場です。大正3(1914)年から非製糖期には与座ガーの湧水を利用して製氷も行っていました。工場敷地内の社宅には個別に電気が引かれていたほか、共同浴場・理容室・ビリヤード場・テニスコートなどの共用施設もあり、一つの字のようでした。
沖縄戦当時は、日本軍の命令でアルコール製造も行っていました。工場の煙突は、爆撃の目標になるとの理由で日本軍によって破壊され、工場施設は地上戦により門柱と糖蜜タンク以外はすべて破壊されました。糖蜜タンクには所々に当時の銃弾痕が残っています。
戦後、与座ガーが米軍のワーラーポイント(取水所)となり、住民の立入禁止が禁止されたため、住民は旧製糖工場の跡地に居住し、製糖工場の経営会社と土地購入の交渉を行い、工場跡地を39坪ずつに区切り、希望者はくじ引きで土地を購入しました。
高嶺製糖工場跡は、日本の近代化に貢献した施設として評価され、経済産業省から「近代化産業遺産」に認定されています。(平成31年3月 糸満市)

(2025年6月訪問)

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